第3夜:動③

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第3夜:動③

ふと目が覚めると見覚えのない天井がそこにあった。まだ少し頭が痛むが、なんとか起き上がってみる。キョロキョロと周りを見渡すとどうやらここはホテルのようだった。 紅羽はなんとなく、思い出せるところから少しずつ記憶を辿ってみる。 変なチャラい男に絡まれ、連れ去られようとして、それから……。そこからの意識が無い。頭痛が襲ってきたのは多少覚えているし、今も少しズキズキしてるし、何となくぼんやりもする。 「起きた?」 「かな……め……さん?」 「うん、そう。なんで俺の事知ってるの?」 「あ、や、それは……BARで聞いてた、から。」 誤魔化したところでしょうがないと思い、正直に玲に聞いたと答えた。 なるほどね、とだけ言ってそれ以上は特に言及するようなことは無かった。 「何も聞かないの?」 「なんで?」 質問を質問で返されてしまった。 まさか、こんなとこでちょっと気になっていた要と話をする事になるなんて思ってもいなくて……普段なら適当に相手してある程度したらセックスして終わりなのに、どうにも要だけは初めからなにか違う様な気がした。 何が違うのか、紅羽も分からないまま、話をしていく。 「いや、あんな所で男に絡まれてる男に普通は関わりたくないよなーとか思ったり?」 「あー……でも、困ってそうだったし。」 「まぁ、困ってたけど……自業自得って言うか……。」 自分の事をまだ何も話していないし、紅羽のことを知らないであろう要にどうして男に絡まれてたかなんて知りたくもないだろう。 だからなのか、要はそれ以上あの事について聞いてくる事は無かった。 「そうなんだ。まぁ、それはいいや。所で頭は大丈夫?」 「まだ少し痛むけど、別に大丈夫。あ、ていうか俺をここまで運んでくれたんだよね?ありがとう。」 「うん。別にいいよ。」 なんとなく素っ気ない感じもするが、会話はちゃんと成立している。 見た目からしてもあまり話をしないタイプなのかとも思えた事もあり、無理に会話を繋げようとは思わなかった。しかし、名前くらいは名乗るべきだろうと紅羽はまた要に話しかける。 「俺、紅羽って言うんだ。じゅうは……20歳。」 本当の年齢を言いそうになって焦って言い直すが要は特に気にしている様子は無かった。 「紅羽?」 「そう。源氏名なんだけどね、ここら辺では全部この名前で通ってる。」 「そうなんだ。ホストかなんかしてるの?」 「まぁ、そんなとこだな。要さんは幾つなの?」 「俺は28。君からしたらもうオッサンだ。」 「そんな事ないよ!大人の男って感じ。」 まだ素性も知らない要に仕事や年齢などを言うのも気が引けたので濁して答えた。身体を売ってるなんてこと、突然言われても困るだけだし引かれでもしたらと思うと躊躇してしまった。普段なら別に気にすることは特にないのだが、要に関してはどうしてだか慎重になってしまう。 紅羽自身もそれが何故なのかは分からなかったが、今まで出会ってきた男とは何かが違うという事だけはなんとなく感じていたのだ。 それに、紅羽には周りには隠していることが幾つかあった。年齢、名前、そして仕事、家族や過去の話、どれも全てが繋がっていて、作り上げたのが紅羽という存在なのだ。 だがその紅羽の本当の姿を知る者は誰も居ない。 「あの男は?」 「あー……なんか誰かと勘違い?してたみたい。」 「ふーん。」 それ以上要は言及することは無かった。 「あ、そういえばここは?」 「ホテル。なんか苦しそうだったし。近くにたまたまホテルあったから。ラブホだけどね。」 どうやら要は倒れ込んだ紅羽をかついでここまで運んできてくれたようだった。近くとはいえ、男を担いでなんて大変だったろうにと紅羽は苦笑いを浮べる。 「ありがとう。」 「別に……。」 BARで見ていた時に感じていたが、やはり口数少なく大人しい性格らしい。 「ねぇ……要さん、お礼させてよ。」 「え?いいよ、別に。」 「だめ。それじゃ、俺の気が済まないの。」 「……わかった。」 渋々返事を貰い早速紅羽は携帯を取りだした。 「とりあえず連絡先、交換しない?」 「いいよ。」 要もズボンのおしりのポケットから携帯を取り出し連絡先の交換を済ませた。 それから幾分もしないうちに部屋の利用時間が終わりに近づいたアラーム音が鳴った。頭痛もだいぶ治まり動くには問題なくなった。 「ほんとに、ありがとう。」 「気にするな。」 優しく頭をポンポンとされ、不思議と安心感を覚えた。 「1人で大丈夫か?」 「まぁ、大丈夫じゃない?」 「また変なのに絡まれたり……。」 「あー……平気。たぶん。」 何も無いとは言いきれないが最悪タクシーでも使えばいいかな、くらいには考えていた紅羽は次に発せられた要の言葉に驚いた。 「嫌じゃなければ……送るけど。」 「あ、え?」 「送るのは迷惑か?」 「そんな事ないよ。じゃ、お願いしようかな。」 思いもしなかった申し出と、もう少し一緒に居れるのかと思うと気分が高揚した。 こんなに誰かと居て嬉しく思うことは今までには無かった。初めて味わうこの感情に戸惑いながら紅羽は要と並んで歩き始めた。
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