甘い甘いイカサマで

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 「やば、もうこんなに溜まってる…」 彼女が憂鬱そうにそう溢したのを聞き、僕はそっとその様子を伺う。  見れば彼女の目の前には積りに積もった洗濯物が山のように置かれてあった。  あーあ、僕も思わず顔を顰めるその量は一日二日どころの溜まり方では無かった。  彼女は今、〆切というものに追いかけられている。毎度のことながら、懲りない人だ。そのおかげで家事の壊滅的な彼女が唯一請け負っている洗濯もこの有様だった。  「どうしよ…」 案の定彼女は眉尻を下げて、困ったように呟いた。まぁプライドの高い彼女のことだ、勝手に僕がやるといじけてしまうのは目に見えていたので、放っておいたが…このまま彼女の創作活動に支障が出たら僕が困ってしまう。僕は彼女の一ファンだからね。  さぁ、どう切り抜けよう。僕は少し考えを巡らせた後、ニンマリと笑う。いいことを思いついた。  「ねぇねぇ、ゲームしない?」 僕がそう言うと、目の下の隈が目立つ彼女は疲れた顔でこっちを見た。 「これ、なーんだ」 僕が見せたのは何も変哲もない500円玉。 「お金」 彼女が短く答える。よほど切羽詰まっているのだろう、いつもの五割り増しで素っ気ない。  「この500円玉をトスして、裏が出たら君の勝ち。表が出たら僕の勝ち」 「負けたら?」 こう言う時に勝った場合を聞かないのが彼女らしい。 「家でお留守番」 「どう言うこと?」 彼女は怪訝そうに聞き返した。 「そのままだよ。今日は外出禁止」 「お互いにそのゲームするメリットは?」 彼女の眉間の皺が深くなった。 「言ってなかったけど、勝ったら、負けた方が出すお金でケーキを食いに行けるからね。それに君に僕とのお遊びを拒否する権利はないはずだよ」 僕は洗濯物を指差しながら意地の悪いことを言った。 「…分かった」 彼女は渋々といったところで頷いた。ま、彼女も僕が〆切を催促してたおかげで暫く外出できてなかったし、堂々と行けるこの機会を悪くは思っていないはずだ。  「じゃ、いくよ」 僕は右手を握り込んで、その上に500円玉を乗せる。そして親指で勢いよくそれを上に弾き出した。コインは綺麗に回転しながら垂直に飛び、一定のところで重力に従って落っこちてくる。最後に右手に着地したそれを僕は素早く左手で覆った。  結果は左手を退ければすぐに分かる…というか僕はもう知っている。  彼女の方をチラリと伺うと、彼女は少し緊張した表情で500円玉を見つめていた。  その表情を見て、ちょっと心苦しくなった僕は、『ちゃんと〆切から逃げ切ったら、デートするから』 そっと心の中で言い訳をしてから左手を外した。            ×  「じゃあ、行ってくるね」 僕はそう言いながら大量の洗濯物が入った袋を肩に掛けながら、目の前の彼女に言う。 「…行ってらっしゃい」 そう告げた彼女の顔には、何でこうなったと分かりやすく書かれていた。  結局的に、ゲームは僕の勝ち。まぁHeads or tails、いわゆるコイントスにはイカサマまがいのコツがあって、自分の好きな面を出すことが出来る。練習あるのみだけど。だから彼女にとっては負け戦だったってわけ。  まぁこの事実を白状した時も戸惑ってたけど、今彼女が困惑しているのはその後の僕の行動のせい。僕が山のような洗濯物をまとめて、玄関へ直行したからだ。  「外出した時に、寄り道をしてはいけない約束はしてないからね」 僕は悪戯っ子のような笑みを彼女に向ける。  「でもそれは私のしごt…「たまには店の力に頼ろうよ。ゲームに使った用済みコインを使ってさ」 完璧主義者の彼女の言葉を遮って、僕は軽く言った。全部抱え込む必要は無いから。僕だって、ため息を吐く彼女を見たくはない。  「さて、じゃあイカサマをした僕がケーキ代は奢りましょうかね」 と靴を履きながら僕が更に言うと、彼女は目を丸くした。  「ゲームに負けた人が食べてはいけないというルールもないからね」 僕はちょっと拗ねた彼女の頬を軽く摘み 「〆切から逃げ切るんでしょ。頑張ってよ」 と甘い声を出した。  頑張った後のご褒美の存在にも気付いた彼女は、口を尖らせながらも素直に頷く。  僕はそんなこんなで、プライドの高い彼女の心を甘い甘いイカサマで軽くしている。
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