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10
家に着くと、まず冷えた身体の仁藤を風呂に放り込んだ。
身体を洗っているうちに湯船にお湯が張るだろう。
もう衣類の洗濯もやるようになったので(こっちは別に気にしないのに、仁藤は下着だけは断固洗わせない)パジャマとタオルを洗濯機の上に置いておく。
何かやっていないとなんとなく落ち着かなくて、リビングを片付けたりキッチンを掃除したりして仁藤を待った。
練炭を不燃ゴミの袋に葬り去る。
火鉢は何ゴミだろうか、とにかくあんなものさっさと捨てないと。
出てきた仁藤をすぐさま捕獲し、洗いたての髪を乾かす。
食卓に座らせ、即席で作った夕食を食べさせた。
口を使ってものを食べる行為って大事なんだと改めて気づいた。
咀嚼して嚥下する目の前の相手が、ちゃんと生きているのだとこちらが実感する。ショウガをたっぷり入れた野菜スープから沸き立つ湯気の間で仁藤の顔色も幾分血の気が戻ってきていた。
歯磨きから寝室までぴったりと仁藤の横について全ての行動に付き添った。
そうしないと安心して帰れなかった。
ベッドに横になるのを確認して、ようやく一息つけたのだった。
「じゃあおやすみなさい」
「終電…まだあるのか」
「ないだろうけど、どうにか帰りますよ」
タクシーを使っても小一時間はかかる距離だが、またあれこれいらん心配をするよりそんなこと全然どうでもいい。
「どうにかって、どうやって」
「どうにかはどうにかです」
「別に、泊まっていけばいいだろ」
「あまりの布団、ないでしょ」
「だから、…ここで」
「一緒に寝るってこと?」
「…お前が、嫌じゃなければ」
「わかってんですか? 俺さっき仁藤さんに告白したんですよ」
「それは単に俺を引き留める口実なんだろ」
「…俺はですね。今日、めちゃくちゃ可愛い年下の女の子とデートだったんだよ。絶対付き合える展開だったんだよ。それを蹴って今わざわざこんなことしてんの。口実なわけあるか」
「そうなのか」
しおらしくなっている仁藤を見て、少し報われた。
「だから軽々しくそんなこと提案しないでください。俺、襲うかもしれないですよ」
「…でもお前は、そんなことしない」
「なんで、わかんないじゃん」
「わかる。お前はそんな、乱暴なことするようなやつじゃない」
「もう…」
「だから、お願いだ。今日は、一緒にいてくれ。日が昇る、あと数時間でいいから」
そこまで請われてしまっては、嫌なんて言えるわけがない。
でも、疲れてるだろうからとりあえず早く寝て欲しくて、しょうがなく羽毛布団の中に入った。
丸くなって恵の胸に入り込んできた仁藤は子供と言うよりも小さな動物みたいだった。いつかしたみたいに、背中を撫でてやる。
今は、この気持ちを利用されるだけでも構わない、と恵は冷静に思った。どんな形でも、仁藤が自分を必要としてくれるなら。
「…今日は…悪かった、迷惑かけて」
ぼそっとした声が、鼓膜ではなく胸の皮膚を伝い恵に届いた。瞬間、降り始めの雨がぱらぱらと池に垂れるほどの静かさで呼吸が深くなった。
「言い逃げかよ…」
もう寝息を立てる仁藤の髪に鼻先を埋めて、そのまま恵も夢にいざなわれた。
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