14☆

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 懇親会が終わるとすぐさま仁藤の家に向かった。  玄関に入ってもまだ就寝の時間にはほど遠いのに明かりが一つもついていない。まさか、と嫌な予感が背中をぞわっとなでつけ、慌ててリビングまで走った。 「仁藤さん?!」  電気を点けると、同時にぱん! と軽い破裂音がして、恵は固まる。  数秒後音の方向を見れば、仁藤が紙でできた小さな円錐を持っていた。  そして床に散らばる紙吹雪。  いましがたの音はクラッカーだったようだ。 「どうしたの、これ」 「お祝い。就職の」  安心した反動で力が抜け、へたり込みそうになるのを押さえながら仁藤の肩に手を乗せる。 「よかった…もう、ひやっとさせないでくださいよ」 「なんだ、まだ引きずってるのか?」 「誰のせいだよっ」  なぜ元凶に突っ込まれなければならない。 「わかったわかった」  本気でむっとしているのに、なぜかなだめられ椅子に座らされる。 「どうせお腹いっぱいになって来ると思ってこれだけにした」  冷蔵庫から取り出したのは、十五号ほどの小さなホールケーキだった。 「仁藤さんが買ってきてくれたの? わざわざ?」  チョコレートのメッセージプレートには『めぐみちゃんおめでとう』と書かれている。 「お店の人が、女の子と勘違いして…男ですって言えなくて」 「いい、めぐみちゃんで全然いい」  一本立てられた細いろうそくに火が灯ると、ようやく嬉しさがこみ上げてきた。最初に会った時から考えるとこんな展開想像もしなかった。だって、地獄の使い魔だと思っていた相手が今では自分のことでこんな風に祝ってくれるなんて。 「俺ほんとに、仁藤さんさえいれば何もいらないわ」 「やめろ唐突に、恥ずかしい」 「えーじゃあ歌にしてみる?」 「もっと最悪だ。発想がダサすぎて鳥肌が立つ」 「じゃあ英語にしてみよう。えーっとa n y t h i n g ? 違うな…n o t h i ng m a t t e r s b u t y o u。ほら、少しはかっこよくなった」 「英語にしたところでかっこよくはないけど、受験だけはちゃんと通ってきたようだな」 「へへん、どうだ。こう見えて結構得意だし、英語。ナッシング—まぁああたああ」 「結局歌うな!」  ケーキは切らずに豪快にフォークをさして頬張った。 「すごい一口だな」 「俺の気持ちの量」 「なんで自分の気持ちを自分で食べてんだ」  二口目を仁藤の口元に持って行く。 「じゃあはい、あーん」 「そういうことじゃないっ」 「そういうことだろ。ほらほら、恥ずかしがらないで」  逃げる鼻先をずっと追い続けると観念してパクりと塊のはじを小さく食べる。 「ケーキ食べさせ合うのって、よく結婚式とかであるじゃん。何でだと思ってたんだけどさ、もしかしたら幸福の象徴なのかもなー。だって今こんなに幸せなんだもん」 「お前の思考回路は、基本的にお花畑だな」 「そうじゃなかったら仁藤さんなんか好きになりませんからー」 「頼んでませんからー」 「あっまねした!」  そうだ、とふいに仁藤が真顔になった。 「ちゃんと四月になったら就職祝いも買ってやる。何がいい?」 「えー何かな。強いて言うなら仁藤さんがいいかな」 「どういう意味だ?」 「等身大の蝋人形」 「なるほど、彫刻もちょっとかじったことがあるから上半身くらいなら作れるかもしれん」 「アホですか。いらねえよ、人形で抜けんのは童貞だけだっつーの。仁藤さんとやりたいって意味だよ」 「おまっ…! ちょっと一回キスさせたからってあつかましすぎるぞ!」 「だって今なにが欲しいって聞かれても、それしか思い浮かばないよ。俺、最初に釘刺されたし何でもないふりして仁藤さんと寝てんだけど、結構つらいんだからね? たまに後からトイレで抜いたりしてんだよ?」 「それは…知ってる」 「知ってんのかよおい」  頷かれると逆にばつがわるい。だからもう開き直る。 「優しくするからさ、ね?」  回答を待たずにキスを落とした。二度目の口づけはすんなりと恵の侵入を受け入れる。上顎から舌を這わせ少し他の歯よりも大きい前歯までなぞる。 「ん……っ」 「仁藤さん、興奮してる?」 「だまれ……」  顔を真っ赤にしているのが、可愛い。持って行かれるって、きっとこういう感覚だ。  今まで付き合ってきた子はふわふわの中に恵が触れられない強い芯を隠し持っていた。きっと芽衣子にだって。でも仁藤はまるでその逆だ。  何重にも覆い被さる固い殻を破って最後に現れたやわい部分を触れた時に、抱いたことのない激情が恵の中で波打つのだ。 「仁藤さん、させて」 「だから、調子のんな…っ…」  でも本当に心から嫌がってはいないのだとわかるくらいには仁藤のことを知っている。義理なのか、情なのかはたまた屈折した依存か、感情の根源まではわからなくても、仁藤はもう恵のことを簡単に拒絶出来ない。 「じゃあそれ、どうすんの?」  仁藤の張った下半身を指さす。 「…こんなの…どうにでも、できる」 「いまからするの? 一人で? エロいね」 「…ばか…やめろ…っ」  予想外に初々しい反応を見せるのでどうにも責めたくなってしまう。もっと毅然としてさっさと帰れと追い出されるか、しらけながら何やってんだ、とか言いそうなのに。  そのいびつさが愛おしくて美味しくて、もっと食べたくなる。ブルーチーズやビールを最初に口にしたみたいな気分だ。  仁藤はどの面も、ケーキみたいに甘いだけじゃない。  それがいい。 「もうここでしますね」  側に行って仁藤の体重を乗せたままの椅子をずらす。 「わっ…ちょ…っ」  仁藤の熱くなった中心を、直に握って何度かしごいた。 「ん…あっ」  椅子から落ちそうになる上半身を支えながら、腰元にかがむ。口に熱くなった中心をくわえると大きく背中がしなった。 「や…あっ」  指を入れられ、くしゃっと握られる髪で感じているのがわかる。仁藤の息をどんどん上げるなかで、可愛いとか好きだとかいう混じりっけない気持ちがパキンと折れて自分をぐっさりと刺した。この身体を以前味わったであろうもう一人の男の影がどうしてもちらつく。自覚はさっきからある、これは嫉妬だ。 「んっ…!」  仁藤の身体が緊張していく。男の影を打ち消すように、ぐっと舌に力を入れ吸う。更に激しく根元をこすると弾けるように果てた。ついにバランスを維持できなくなって恵の腕の中に体重を落とす仁藤が可愛くて、憎たらしい。この浅い息を味わった人物が自分よりも前に存在したのだ。  仁藤の耳たぶをそれこそ犬のようにがじがじ甘噛みながら恵は鬱憤を分散させようとする。 「俺ね…実は前、中井教授に聞いちゃったんですよ。二人の関係」 「…え…」  もうろうとしている瞳が焦点を捉えずぼんやりと見つめてくる。 「その時、中井教授に余裕なふりして宣戦布告したんですけどやっぱ駄目、超やせ我慢だった。だってまじむかつくもん」 「なにが…」 「教授が仁藤さんとこんなことしたって思うと」 「もうずいぶん前の話だ」 「そうなんだけどさ」  唇を尖らせながらもキスをせがみに行く。深く歯茎や舌の根をあさってもまだ足りなくて親指を口の中にねじ入れた。すると仁藤はその指に舌を這わせかすかに笑う。 「それに…お前と先輩は、全然違うよ」 「…違うって?」 「お前は…いつも正しい尺度で俺を理解してくれる。大きく誇張するでもなく、小さく見積もるでもなく。そんな風に感じれたことは、今まで誰にもなかっ…わっ…!」  最後を言い終わる前に、嬉しくなって抱き上げた。寝室へ連れて行き、ベッドに寝かす。 「おま、本気だなっ…」 「当たり前じゃん。そんな告白聞いちゃったら、もう止めらんないよ」 「こ、告白なんかじゃない…」 「じゃあ告白に限りなく同等の何かってことにしとく? いいよ、何でも。でもとにかくめっちゃ嬉しい」  浅く深くを繰り返す、キス。 「もう気分回復か」  自分でもつくづくお気楽な性格だと思う。 「コスパがいいと言って」  仁藤の上半身をはだけさせ、胸に舌を這わせるケーキの余韻が舌に残るように、仁藤の突起を甘く感じた。 「ん…ぁ…」  平たい胸に、少しでも戸惑えたらよかったのに、萎える原因がびっくりするほど見つからない。ちょっとでも冷静でいられることで、無理を強要したり仁藤を傷つけてしまうリスクを減らせるはずだった。でも、全然だめだ。女とは似ても似つかない仁藤のあえぐ声に、きめ細かい皮膚にどうしようもなく興奮した。ふだんから年齢不詳ではあるが、たまに仁藤は歳の経過をまるで感じさせないくらい幼く映る。 「ギャップって数ある萌え界の中で一番反則だよね」 「なんだ、それ…」 「仁藤さんがめちゃくちゃ可愛いってこと」  キッチンから持ってきていたオリーブオイルを指にたらす。 「今日はなんにもないから、一旦これ使ってみるね」  仁藤の奥へと侵入する。 「大丈夫?」 「…きつい」  それは恵も一緒の感想だった。やっと指一本が入るくらいで、先行きが不安になる。 「どうしたらいいかな?」 「何か、話して」  テクニック的な質問だったのだけれど、いつか聞いた言葉がこんな時にも出てくる仁藤に、笑ってしまう。 「昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがいました」 「あ、……あっ…!」  少しずつ広く、少しずつ奥へ。段々と中は弾力を孕み指に吸い付くようになってくる。慎重になればなるほど、仁藤の声が徐々に大きくなった。 「全然、聞いてないじゃん」 「だって…」  そんなことを言っていても、指が三本入る頃には恵だって限界だった。 「どうかな?」 「わから…ない…っ」 「まだかもしんないけど、入れてみていい?」 「っ…ああ…」  自分を押し当てる時、気を紛らわせる為に口腔をまさぐる。仁藤が舌を差しだし、返してくれたことでこの行為が一方的な自分だけのわがままじゃないんだと、安堵できた。 「中、全部入ったよ」  呼びかけると腰を少し浮かせて律動しやすいようにしてくれる。 「動くね」  胸の底から湧き上がる欲情を、ゆっくりと震動に変えていく。  そうだ。I  l o v e y o u を月が綺麗と訳した誰かのように、全ての気持ちが同じ言葉に変換されなくて良いんだ。  恵の動きに協力してくれる仁藤を感じて、唐突に思った。  自分に向かう仁藤の気持ちが何であれ、今自分の腕を必要としてくれることに変わりはない。  木漏れ日のように、言い表せない情景や気持ちだってこの世には確実に存在する。それでも、木々から差し込む光の破片は、あんなにもまばゆくて、いつだってときを永遠に止めたかのように美しいのだ。 「ん…あ…」  揺らすごとに、どんどん奥に行きたくなって困った。仁藤の甘い声が、脳の回路を詰まらせる。 「痛い?」 「ううん…」 「気持ちいい?」 「……うん」  小さく頷いた。弱い部分をさらす時の仁藤は固い皮がめくれてつるんと素直になる。そうだった、最初に息も出来ずこのあられもなくさらけ出された仁藤の姿を見たときに、守りたいと強く思ったのだ。  それは同情なんかじゃない、と今改めて再確認する。  仁藤の中心にあるこの可愛さを知ってしまったからなんだと。  いよいよ制御不可能になってきて、腰を深く押し込んだ。 「あっ、…あっ…」 「好き…好きだよ、仁藤さん」 「あ、…」  単純な言葉を繰り返していても、細い腕が首に痛いほど巻き付いて応えるように恵を求める。  それだけで心が満たされた。  
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