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「なんっなんですか、あの人はっ!」
ゼミの扉を荒々しく開け、中井教授に開口一番文句を垂れる。
「悪魔ですか? 死神ですか? 閻魔大王ですか? むしろその全部でしょう、とにかくめちゃくちゃ感じ悪い人ですね!」
中井教授は恵の剣幕に一瞬目を見開いて、豪快に笑い出す。
「これはまた、ずいぶん絞られたようだねえ」
「そんな生やさしいもんじゃないです。もうメッタメタのぼっろぼろです。これからあれ見る度に俺、顔引きつる自信しかないです」
「ということは今後も続けるんですね。偉いじゃないですか」
「いやしばらくは一日草むしりして終わりそうなんで。…それよりあの妖怪毒舌お化け大魔王に何の介護が必要なんですか?」
「深町くん」
中井教授の眉が急に険しくなる。あ、いくら教授が優しいとはいえ、旧友をあけすけ悪く言い過ぎたか。謝る準備をしていると、
「毒舌にかかる比喩名詞は一つに絞りなさい。君の論文は回りくどくてわかりずらい表現がたびたび出てくるよ」
と厳しい顔で指摘された。えっそこですか?
「すみません、気をつけます」
「膠原病って、聞いたことありますか? 関節や内臓などに変性が起こる、慢性疾患。リウマチなんかが有名ですね」
「はあ」
「その中でも彼は全身性強皮症の罹患者です。難病指定された立派な病理ですよ」
「そ、そうなんですか? 見た感じ全然、普通そうでしたけど」
「細かく観察してみてください、そのうちわかりますから。もちろん生活のサポートも必要でしょう」
「俺てっきり精神的なもんかとびびりまくってました」
「ははは、あれは単に元々の性格ですね。高校のときから言い草はあんなかんじでキレっキレでしたよ。まあしばらく会わないうちに磨きはかかってるかもしれないですが」
「高校? そういえば中井教授のこと先輩って…じゃああの人もしかして四十代?!」
「僕の二コ下ですから、今年ちょうど四十一歳のはずですよ」
「いやどう見ても三十そこそこでしょ?!」
中井教授は整った顔だけれど経験を感じさせる口元のしわや落ち着いた風格でしっかり年相応に見える。対して男には白い毛なんて一本たりともなかった。美魔女とは良く聞くが、男の場合はなんと表現したらいいのだろう。
多分魔女なんて生やさしいものじゃない。
「そしてですね、なんか帰り際お金まで貰っちゃったんですけど。バイト代だとか言って」
一応玄関先で断ったのだけれど、利害関係が発生しない人物を家に入れるなど不快極まりないとまで言われてしまっては受け取るしかなかった。
「もう、頑なですねえ。そんなかんじで障害者認定も、長いこと受けてないんですよ。だから気になって、君を派遣した訳なんですけど」
「それ、絶対人選間違いですよ」
「じゃあどんな人物なら手懐けられるかな?」
「サーカスの猛獣使いくらいじゃないですか」
結構本気で言ったのに、中井教授はさも軽快そうにからから笑う。
「まあラッキーだと思って、貰えるものは貰っといたら?」
「そしたらこれもはやボランティアじゃないですよね」
「何事も、続けてみることが第一ですよ」
教授、それ答えになってないんですけど。
帰り際にスマホで言われた病名を検索してみた。
全身性強皮症。歳を重ねるごとに見た目が若くなる病ではもちろんなかった。皮膚や内臓が硬くなる症状。病状の進行や内容は患者により大きく異なる。発症原因不明、現在の医学において治療法未開発。
ネットで検索した情報によると説明はそんなもんで、ピンとは来なかった。
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