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死ね
何もいらなくなった。
友達や家族、先生……。全てゴミだと思った。
みんな死ね。ゴミだ、クズだ。
「死ね……まじ」
私の口から出る言葉は、いつもこればかりだった。
私はフローリングの床の上に寝そべり、南風で舞い上がるカーテンの隙間から、数秒だけのぞく景色をぼーっと眺める。
七月となると、日差しが強く眩しい。けれど、ほのかに香る海の匂いが、私を少しだけ冷やしてくれる気がした。
…何も考えなくていい。ただ、時が…時が、進むこの空気が、環境が 私の心を浄化した。
私……こんな空間の中で死にたいな。
みんな、死んでほしい。けど、私ひとりが死んだ方が効率がいいんだ。
だから、、私が死ねばいい。
今から少し遡る……。
「ねね、花火大会あるの知ってる? 夏休み始まってからの第二日曜日! 行こーよ! 」
「行く行く!」
私にとって、雑音でしかないその会話。
ついこの間まで、一緒にいた 架音[かのん]と魅月[みづき]
私は友達の中で、誰よりも2人のことをとても信頼していた。
2人は頭が良く、明るい感じの性格だった。 いわゆる、クラスの中心的な女子。
中心的な女子、というのは少し キツイ などといったイメージがあるが、架音と魅月はそんなことはなかった。
花で例えるとしたら、棘のある薔薇 というより、太陽のような向日葵、かな…。
いつもニコニコして、私の方へ駆け寄ってきてくれる架音と魅月。
たわいない話をするだけで、楽しかった。
でも…ある日突然、私たちの関係が一瞬にして崩れた。
原因は “嫉妬” だった。
「ちょっと、そよぎー! ジャージ汚しすぎ。」
体育の授業で派手に転んで、泥だらけになった私。
それを姉かのようにからかうのが架音。
「あれは目立ったねー でも、なんかかっこよかったよ!」
からかいながらもフォローしてくれる魅月。
「もう、最悪。私、ドジだからさ。ってか、その辺の男とほぼ一緒。」
「男……? そよぎは女の子だよー」
「ばりばりのJKやってるよ!」
2人は優しいから、いつもそう言ってくれた。
でも、この「自分を男」と表現することがあまり良くなかった。
「そういえば、紫苑[しおん] 見た?」
魅月が言った。
紫苑……。
魅月の好きな人だ。
紫苑と魅月は小学校、中学校が同じで、魅月はずっと恋心を抱いているらしい。
「見てないよ。」
「そっか。」
紫苑の話をするときは、いつも嬉しそうに笑う魅月。
告白って、勇気いるのかな。とか思ったり。
「魅月、頑張れ。応援してる。」
「私も応援してるからね!」
私と架音は、いつでも魅月を応援している。
それは、事実。なのに……
……次の日。
「架音、魅月ー おはよ。」
「……」
「……」
あれ……?
「おはよー」
聞こえてないのかなと思ってもう一度言ってみたけど、返事がない。
様子がおかしい。
「え、何 ? どうしたの? 何かあった?」
「……昨日、言われたの。」
私が質問すると、架音がぽつりぽつりと話し出した。
「紫苑にさ、“いつも魅月と架音と一緒にいる そよぎって女の子、めっちゃタイプでさ、俺が好きって言ってたよって伝えてくれない?” そう言われた。」
「え、」
紫苑が、私を?
紫苑とそんなに話したことないし。なのになんで…
「そよぎは何も悪くない。それはわかってる…でも、魅月の気持ち考えてみて。魅月はずっと紫苑が好きだったの。なのに、」
「でも! シカトすること、ないよね…」
「そ、れは……ごめん。でも私、もうそよぎとは当分話せない。」
魅月はうつむいて、私に謝った。
「こっちこそ、なんかごめん。」
私も謝り、その場から去った。
この辺で私たちの関係は崩れはじめていた。
……休み時間。
たまたまその日が委員会で、同じ委員会の紫苑と話さなければいけなかった。
最悪だ。
「そよぎ、委員会の話でさ……」
私と紫苑が話しているとき、後方から視線を感じた。
なんとなく誰かはわかる。
後方を確認すると、架音と魅月だった。
「そよぎ、ちょっといいかな?」
2人と目が合ってしまい、架音に声をかけられた。
「別にいいけど。」
私は架音と魅月と一緒に教室を出る。
「そよぎってさ、人の気持ちわかってないよね。朝言ったばっかりじゃん。魅月の気持ち、考えてって。私はそよぎのこと嫌いじゃないし、そよぎは何も悪くないって思ってた。でも、さっきの何? 何で紫苑と仲良さそうに話してるの? 紫苑に好きって思われているから? 単に男が好きだから?」
「それはちが…」
「違わないっ!違わないよ、そよぎ。」
声をあげたのは、魅月だった。
「そよぎって、いつもいつも自分のこと“男”だって言ってたよね? それって、男子と話したいからじゃないの? 自分も男みたいなものだから、男子と混じって話せるって思ってたんじゃないの? 結局そよぎは、私のことなんて1ミリも応援してなかったんでしょ! 自分が、男子からよく思われたかっただけでしょ? 私、そよぎが嫌い。もう、関わりたくない。ただの男好きなんかと一緒にいたくないもん。」
……嫉妬だ。こんなのただの嫉妬にすぎない。
「一応言っておくけど、私 紫苑のこと好きじゃないからね。ほんとに応援してたのは事実だから。」
それだけ言って、私は2人のそばから離れた。
男好き……ね…。
そんなつもり、なかったのに。
紫苑のせいだ。好意を寄せてもらうのは嬉しかったけど、それよりも紫苑に対して“憎い”という気持ちが勝ってしまう。
私こそ、最低だ。
でも、さっきは本当に委員会の話をしていただけだし。それだけで、あれほど言うことないのに。
……めんどくさ。
一緒にいるの、これから疲れるだろうな、そう思ってしまった。
この程度の喧嘩は、ずるずると引きずられて私たちの関係が元に戻ることはなかった。
私は、軽いイジメにあうようになっていた。
主に架音と魅月から。
2人はクラスの中心人物なので、私に対しての集団無視をクラスメイトに頼んでいた。
挙句、私はクラス全員からシカト。
それよりも1番辛かったのは、架音と魅月からの罵倒。
「汚ったな。」
「それ汗?! 量えぐすぎ。キモいて。」
2人とも、そんな言葉遣いするっけ? というものばかりで、とてもショックだった。
汚い、キモい、くさい……
さすがに、辛いよ。
……でも、もうどうでもよくなった。
先生は助けてくれない。
家族は、3年後に私がいい大学に入るために勉強しろ勉強しろしか言わない。
みんな嫌いだ。
大嫌いだ。
始まりは些細なことだった。
ずるずると引きずられて、大きくなった。
嫌だと思っていなかったことが、とても嫌になった。
周りの人たちが嫌いになった。
死んでほしいほどに。
最初は「辛い」だけの気持ちで済んだのに、だんだん私の心の中は「死ね」の言葉でいっぱいになった。
でも、今は違う。
死ねじゃない……死に、たい。
だって、みんなに会わなくて済むから。
最高じゃないか。
私はフローリングから起き上がり、南風で舞い上がるカーテンの方へと歩いて行った。
ベランダへ続くテラス戸の網戸を開ける。
裸足のままベランダの柵に足をかけた。
下を見下ろす。
ここはマンションの5階だ。
……時計の秒針の音だけが鳴り響く。
そして、心臓の音も。
ドクン、ドクン、ドクン
死のう
下へ倒れようとしたその瞬間、
「ひっ……!」
誰かに肩をつかまれた。
「君……ダサいね。」
え、?
謎の少年に話しかけられた。ひどく重い声だった。中学生くらいだろうか。
フードをかぶっていて、顔がよく見えない。
少年は異様な空気をまとっていて、私は言葉が発せなかった。
「僕は君の全てを知っているんだ。だから、僕が君のいらない“もの”を消してあげる。」
「は?」
そして、目の前が真っ暗になった。
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