残酷な町 Ⅲ

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残酷な町 Ⅲ

『俺は、人を殺した。』 そう言った、羅信(らしん)の言葉が頭から離れない。 「羅信……それ本当?」 「うん……本当。」 でも、前に羅信言ってた。「俺は、人を殺めない。」って。 あれは、嘘……だったのかな。 「俺、妹を殺したんだ。」 い、妹?! どうして……? 「俺の家庭は、何かと複雑でさ─」 羅信は私に、家族のことを話してくれた。 ──俺の家庭は、何かと複雑でさ。 俺の家族には、父さん、母さん、妹がいた。 母さんは、温厚な人でやわらかい空気をまとっていた。 でも、父さんは、とても怖かった。お酒ばかり飲む人で、母さんや俺、妹の浬[かいり]に対しての暴言、暴力がたえなかった。 俺と(かいり)はふたつ年が離れていて、俺が8歳の時、(かいり)は6歳だった。 「お兄ちゃん…寒いね。」 冬だったな。 12月末。とても寒かった。 俺の家は貧乏で、暖房器具が何もなかった。 本当に寒くて死にそうなときは、汚ったないコンロに火をつけ、俺と(かいり)、ふたりで温まっていた。 母さんは、ボロいアパートの家賃を払うために、スーパーのパートとして働いている。 朝早くに家を出て、夜遅くに帰ってくる母さんとは、あまり会えなかった。 仕事で忙しい中、母さんは毎日欠かさず料理を作ってくれた。 質素なメニューだったけれど、家族で一緒に食べるご飯はとても美味しかった。 「このお味噌汁(おみちょちる)すっごく温かいね。」 「そうだね、温かいねぇ。」 俺は、母さんと(かいり)がたわいない話をして、笑う顔が大好きだった。 8歳ながら、“幸せ”というものがなんとなくわかる気がした。 だけど…… この家には、父さんがいる。 一番の厄介者だ。 「酒を買ってこいと言ってるだろ! おい!」 「……もうお酒はやめてくださいっ!」 「黙れ!」 ドカッ!! 「きゃあっ」 「母さん!!」 ……辛かった。 目の前で、父さんに母さんが殴られる。 俺の家では当たり前になった。 本当は、こんな光景見たくない。でも、母さんが一番苦しそうだ。助けてあげたい。俺が父さんから守ってあげたい。 だけど、8歳の無力な少年が大人に立ち向かえるわけがない。 なにより、それが一番悔しかった。 父さんなんていらない。 母さんも、(かいり)も同じことを思っているはずだ。 父さんのせいで、家族の幸せが一気に崩れる。 俺は、父さんが大嫌いだった。 その日はちょうど、12月25日の日曜日だった。 「お兄ちゃん、お外雪降ってるよ! 遊ぼう!」 「うん、いいよ。」 俺は、(かいり)と一緒に雪で遊ぼうとした。 玄関を出ようとしたその時…… 「きゃぁぁぁっ!!」 母さんの悲鳴が聞こえた。 また、父さんに何かやられたのか……? 「お兄ちゃん…お母さん、大丈夫かなぁ?」 「俺、ちょっと見に行ってみる。(かいり)はここで待ってて。」 「えっ、お兄ちゃんひとりで行っちゃうの? イヤだ! 私も行く!」 「いや、でも……」 俺は迷った。 (かいり)を連れて行くべきか、そうではないか。 「……わかった。一緒に行こう。」 俺は、(かいり)一緒に母さんのもとへ行くことを決意した。 俺たちは、悲鳴が聞こえた台所の方へ向かった。 台所へ続く扉を開けた時。 俺は、息が止まった。 「いやぁぁぁっ!!」 (かいり)が叫ぶ。 当たり前だ。こんな光景、(かいり)や俺がが見るものではない。 「嘘だ……ろ……」 俺たちが台所で見たのは、母さんの“死体”だった。いや、まだ生きているのかもしれない。 ……床に倒れた身体。 棚や床に飛び散った大量の血。 包丁を持った父さん。 どう考えても、母さんはもう無理だと思ってしまう。 「……っ!!」 声が出ない。 こんなの、酷すぎる。 「うわぁぁぁぁっ!!!!」 俺は(わめ)いた。ただひたすらに、わめくことしかできなかった。 「うるせぇっ!! 黙れガキ。」 父さんが言った。父さんは、俺に襲いかかってくる。 俺はその時、自分のことしか考えられなかった。 父さんに殺される。殺される、殺される、殺される…… 俺はその場から逃げた。必死になって逃げた。 でも俺は忘れていた。 。 いつの間にか、父さんは襲いかかって来なくなった。 だけど、台所には浬がいる。 「浬!!」 俺は台所へ引き返そうとした。 でも……俺が行っても、襲われる。 襲われるのは怖い。 このまま、逃げてしまってもいいんじゃないか。 そんな弱気な感情がどんどん湧き出てきて、ついに俺は、逃げた。逃げてしまったんだ。 浬を置き去りにして。 こんなの、浬を殺したのと一緒だ。 俺は、最低な選択をしたんだ。
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