12人が本棚に入れています
本棚に追加
残酷な町 Ⅲ
『俺は、人を殺した。』
そう言った、羅信の言葉が頭から離れない。
「羅信……それ本当?」
「うん……本当。」
でも、前に羅信言ってた。「俺は、人を殺めない。」って。
あれは、嘘……だったのかな。
「俺、妹を殺したんだ。」
い、妹?!
どうして……?
「俺の家庭は、何かと複雑でさ─」
羅信は私に、家族のことを話してくれた。
──俺の家庭は、何かと複雑でさ。
俺の家族には、父さん、母さん、妹がいた。
母さんは、温厚な人でやわらかい空気をまとっていた。
でも、父さんは、とても怖かった。お酒ばかり飲む人で、母さんや俺、妹の浬[かいり]に対しての暴言、暴力がたえなかった。
俺と浬はふたつ年が離れていて、俺が8歳の時、浬は6歳だった。
「お兄ちゃん…寒いね。」
冬だったな。
12月末。とても寒かった。
俺の家は貧乏で、暖房器具が何もなかった。
本当に寒くて死にそうなときは、汚ったないコンロに火をつけ、俺と浬、ふたりで温まっていた。
母さんは、ボロいアパートの家賃を払うために、スーパーのパートとして働いている。
朝早くに家を出て、夜遅くに帰ってくる母さんとは、あまり会えなかった。
仕事で忙しい中、母さんは毎日欠かさず料理を作ってくれた。
質素なメニューだったけれど、家族で一緒に食べるご飯はとても美味しかった。
「このお味噌汁すっごく温かいね。」
「そうだね、温かいねぇ。」
俺は、母さんと浬がたわいない話をして、笑う顔が大好きだった。
8歳ながら、“幸せ”というものがなんとなくわかる気がした。
だけど……
この家には、父さんがいる。
一番の厄介者だ。
「酒を買ってこいと言ってるだろ! おい!」
「……もうお酒はやめてくださいっ!」
「黙れ!」
ドカッ!!
「きゃあっ」
「母さん!!」
……辛かった。
目の前で、父さんに母さんが殴られる。
俺の家では当たり前になった。
本当は、こんな光景見たくない。でも、母さんが一番苦しそうだ。助けてあげたい。俺が父さんから守ってあげたい。
だけど、8歳の無力な少年が大人に立ち向かえるわけがない。
なにより、それが一番悔しかった。
父さんなんていらない。
母さんも、浬も同じことを思っているはずだ。
父さんのせいで、家族の幸せが一気に崩れる。
俺は、父さんが大嫌いだった。
その日はちょうど、12月25日の日曜日だった。
「お兄ちゃん、お外雪降ってるよ! 遊ぼう!」
「うん、いいよ。」
俺は、浬と一緒に雪で遊ぼうとした。
玄関を出ようとしたその時……
「きゃぁぁぁっ!!」
母さんの悲鳴が聞こえた。
また、父さんに何かやられたのか……?
「お兄ちゃん…お母さん、大丈夫かなぁ?」
「俺、ちょっと見に行ってみる。浬はここで待ってて。」
「えっ、お兄ちゃんひとりで行っちゃうの? イヤだ! 私も行く!」
「いや、でも……」
俺は迷った。
浬を連れて行くべきか、そうではないか。
「……わかった。一緒に行こう。」
俺は、浬一緒に母さんのもとへ行くことを決意した。
俺たちは、悲鳴が聞こえた台所の方へ向かった。
台所へ続く扉を開けた時。
俺は、息が止まった。
「いやぁぁぁっ!!」
浬が叫ぶ。
当たり前だ。こんな光景、浬や俺がが見るものではない。
「嘘だ……ろ……」
俺たちが台所で見たのは、母さんの“死体”だった。いや、まだ生きているのかもしれない。
……床に倒れた身体。
棚や床に飛び散った大量の血。
包丁を持った父さん。
どう考えても、母さんはもう無理だと思ってしまう。
「……っ!!」
声が出ない。
こんなの、酷すぎる。
「うわぁぁぁぁっ!!!!」
俺は喚いた。ただひたすらに、わめくことしかできなかった。
「うるせぇっ!! 黙れガキ。」
父さんが言った。父さんは、俺に襲いかかってくる。
俺はその時、自分のことしか考えられなかった。
父さんに殺される。殺される、殺される、殺される……
俺はその場から逃げた。必死になって逃げた。
でも俺は忘れていた。
浬を置いてきたことを。
いつの間にか、父さんは襲いかかって来なくなった。
だけど、台所には浬がいる。
「浬!!」
俺は台所へ引き返そうとした。
でも……俺が行っても、襲われる。
襲われるのは怖い。
このまま、逃げてしまってもいいんじゃないか。
そんな弱気な感情がどんどん湧き出てきて、ついに俺は、逃げた。逃げてしまったんだ。
浬を置き去りにして。
こんなの、浬を殺したのと一緒だ。
俺は、最低な選択をしたんだ。
最初のコメントを投稿しよう!