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その店は今時珍しい、地域の住民しか客として来ないような歴史を感じる古いタバコ屋で、中年の女性が一人で暇そうに店番をしていた。
ご近所のことを聞くには、まさにうってつけだろう。
「あの、すみません」
私は怪訝な顔をするリクト君とキノさんを連れ、店番の女性に声をかけた。
「はい、なにか? タバコですか?」
女性がこちらをジロジロ見ながら不愛想に返事をする。
見慣れない客に、多少警戒しているのかもしれない。
「ごめんなさい、違うんです。実は私たち、ずっと猫を探していて、もう六日間も行方不明になってるんですが――あ、キノさん、タブレットにリリィの画像だしてください」
私はキノさんからタブレットを受け取り、その女性に見せた。
「この猫ちゃんなんですが、どこかで見かけませんでしたが?」
「さあー?」
と、女性が首をひねる。
「悪いけど知らないわね」
何ともそっけないが、その私はその答えを予期していた。
日中はどこかに身を潜めているであろうリリィを目撃した人は、そうはいないはずだからだ。
私が本当に尋ねたいたのは、次の質問なのだ。
「じゃあ、あのここら辺でノラ猫にエサをあげている人ご存じありませんか? たぶん毎日のようにエサやりしていると思うんですが」
「ああ、それなら鈴木さんだね。鈴木のお婆ちゃん。悪い人じゃないんだけど旦那さんが亡くなってからちょっとトラブルが増えてねえ……」
その店番の女性がため息交じりに言った。
「ほら、ノラ猫にエサをやることに反対する人も多いじゃない。私はあんまり気にしないんだけど、そう言った人たちと言い争いになったりしてね」
「そうなんですか。あの、是非その方と会ってお話ししてみたいんですが――」
「確かに鈴木さんなら何か知っているかもねえ。ええと……」
と、店番の女性は振り向いて店の壁掛け時計を見た。
「いま五時だから、ちょうど鈴木さん猫のエサやってる時間だわ。そおねえ――たぶん今なら向こうの川沿いの道にいるんじゃないの? そこが鈴木さんのエサやりの定位置なのよ」
「ありがとうございます! 助かりました!」
私はペコリと頭を下げ、それからリクト君とキノさんに言った。
「――お二人とも聞きましたか? この付近のノラ猫の多さと太り具合からして、必ず地域猫の世話をする人が必ずいると思ったんです。そしてその人ならきっとリリィについても何か知っているはずです」
「いやあ、葵ちゃんすげーな。俺、そんなこと思い付きもしなかったよ」
と、リクト君がうなる。
「なんだか私たちよりよっぽど推理と探偵をしていますね、椎名さんは」
キノさんも感心しきりだ。
「いえ、そんなことないですよ」
私は照れくさくて、必死に首を振った。
「それにリリィが見つかったわけではないんですから、喜ぶのはまだ早いです。さあ、とにかく急ぎましょう」
靴擦れの痛みも忘れ、私はさっき歩いた川沿いの遊歩道目指して駆け出した。
その後に、リクト君とキノさんが続く。
おそらくこれがリリィを見つけ出す最後のチャンス。
その鈴木さんというお婆ちゃんに、どうしても会わなくてはならないのだ。
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