キセキの探偵

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「葵ちゃん、リリィを頼むぜ」  と、リクト君が言う。 「そうです。この役目こそ椎名さん、あなたにお願いしたい」  それにキノさんも同意する。  私は黙ってうなずき、他の猫を驚かせないようにベンチにそっと近づいた。  するとリリィは「ニャー」と小さく鳴き、私の方をちらりと見た。    しかしすぐに顔を背け、少し離れた場所で開かれている猫の集会に視線を戻してしまった。 「リリィ……」  私はベンチに静かに座った。それでもリリィに逃げる素振りはない。ただ、じっと集会の様子を見つめているだけだ。 「リリィ、おいで。お家に帰りましょう」  ゆっくり手を伸ばし、リリィの小さな体を優しく抱きしめると、リリィは特に抵抗することもなく私の腕の中に身を任せた。  写真より少し痩せた感じはするが、体に特に異常はなさそうだ。 「奇跡だ……」  私とリリィを見て、さっきまでクールだったキノさんが声を詰まらせた。 「キセキの探偵社の面目躍如だね」  と、リクト君がニヤリとする。 「きっとこの子、猫の集会に参加してみたかったんですね……」  私はそんな二人に言った。 「でも、だからといって中々みんなの輪の中に入れない。臆病で傷つくのが怖くて、ただ傍で見ているだけ……」  それはまるで――今の私。いや、私のこれまでの生き方そのもの。  そう思うと、自然と目に涙がこみ上げてきた。必死にこらえようとしても、こらえきれない。 「ごめんなさい……なんだかリリィを自分の姿と重ねてしまって」  私はリリィを抱いたまま、頬にこぼれた涙をぬぐった。 「……あ、すみません。もっとも私は、リリィのように可愛くはないですね」 「あのさあ、突然何を言い出すかと思ったら」  それを聞いて、リクト君が私の肩をぽんと叩いた。 「葵ちゃん、いろいろ悩みがあって自信をなくしているのは分かるけどさ、そんなに謙遜――というか自分を卑下しなくてもいいじゃん」 「そうですよ、椎名さん」  と、キノさんも私を諭す。 「リリィを探しリクルートスーツで懸命に駆け回るあなたの姿は本当に輝いていました。それになにより、あなたの持つ素晴らしい推理力と行動力がなければ依頼を解決すことは到底不可能でした。感謝してもしきれませんよ」 「いじえ、すべてはまぐれです。――さあ、まもなく期限の八時ですよ。それまでにリリィを飼い主さんの元へ返してください」  私はそう言って、キノさんの持っていた猫用のキャリーケースにリリィを入れた。  リリィも疲れていたのだろう、素直にケースの中に入ると身を丸め目を閉じた。 「これでよし、と。――飼い主さんはあそこに見えるタワーマンションにお住まいなんですよね? 近くて良かったですが、どうかリリィを優しく運んでやってくださいね」  これですべてが終わった。  キセキの探偵二人と過ごした半日間――短いけれど、とても濃く楽しい時間だった気がする。  が、いつまでも夢は続かない。  これから私は一人で狭く暗いアパートに帰って、つまらない日常に戻らなければならないのだ。  残念だが、現実とはそういうものだろう。 「それじゃ私はここで。明日はまた別の会社の入社説明会があるからその準備をしなきゃならないんです。今日は本当にいろいろありがとうございました。いい気分転換ができました。――さよなら!」  リクト君とキノさんに軽く頭を下げ、私は駅の方向に早足で歩き出す。  それ以外、今の自分に何ができる? 「ちょっと待って! お礼を言うのはこっちの方だよ――」  背後からリクト君の声が聞こえたが、私は振り返らなかった。  彼らはしょせん、住む世界が違う人たち。  そう思えば、別れもさしてつらくはない。
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