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――それから幾日か経った、再び良く晴れたある日曜日の午後。
私は都心の片隅に取り残された、昭和のかおりがするボロボロの小さな一軒家の前に立っていた。
この家がキセキの探偵社の事務所であることは、ドアの脇にかけられている、やけに達筆な墨書の『キセキの探偵社』の看板でかろうじて分かる。
なぜ私が事務所までやって来たのか?
それは、あの日の猫探しのバイト代を受け取るためだった。
私はそんなことすっかり忘れていたのだけれど、あれから何度も何度も、リクト君とキノさんの両方から、依頼主から法外な成功報酬をもらったので、どうしてもバイト代を渡したいと電話がかかってきたのだ。
当然、お金なんていらないと、私はそのつど断った。けれどリクト君とキノさんのあまりのしつこさに根負けし――
いや違う。
本音を告白すれば、私も二人にどうしても会いたくて、あの楽しかった午後の時間を思い出して、ここまで来てしまったのだ。
私は胸の高鳴りを抑えながら、扉の呼び鈴を押す。
すると――
「どうぞ、開いているから入ってよ」
と、インターホンからリクト君の声がした。
言われるままに、私はドアノブに手をかけ扉を開いた。
それはまるで、自分の固く閉ざされた心の扉を大きく開けるかのような気分だった。
奇跡なんてそう簡単に起こるものではない――
『キセキの探偵社』なんて名称、名前負けだ――
確かに私は最初、そう思っていた。
しかし、そんなことはなかった。
あの日、リリィを見つけることができただけではない、私自信の身にも奇跡は起こったのだ。
それは一日に数百万の人々が行きかう大都会の中で、私が二人のキセキの探偵に出会えたこと――
その偶然が奇跡でなくて、いったい何であろう?
扉の向こうにいるリクトとキノさんは、きっと、私を笑顔で迎え入れてくれる。
そして、こう言うに違いない。
「ようこそ! 小さな奇跡を依頼主に起こす、キセキの探偵社へ!」
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