硝子の十字架

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 *** 「ひでぇ顔だな、クリス。まあ、俺も人のこと言えねーけど」 「だね。……お互い様だ」  天国と現世の境界にある川岸で、今日もクリスは親友と語らう。  褐色の肌に黒髪、筋肉質の少年は名前をダーラという。彼もまた、別の国で神様と崇められる存在だった。クリスとダーラ、そしてもう一人の少女である“ルシーラ”。この三人が、この世界で現在最も勢力が強いとされる神様である。クリストファー神教。ダーマ教。ルシーラ聖教。世界の三大宗教と呼ばれるこれらはどれも同時期に現世で生まれ、自分達もまた人間達の信仰によって意識を持つようになったのだった。  同じ時期に生まれただけあって、三人は三人ともが十四歳くらいの少年少女の姿で一致している。同じ立場の神様。収める国や考え方こそ違えど、自分達は互いに共感できることが多い数少ない仲間であったのは確かなことだ。こうして意気投合して話をする時間は、何物にも代えがたい幸福であったのである。  そう、たとえ。現世ではそれぞれの宗教の信者達がにらみ合い、暫し争って死傷者を出しているとしても、である。 「俺のところにはよ、十二のつく月に修行僧が行う儀式かあるって知ってるだろ?日が沈んだ後には清水以外一切口にしてはいけない、それを三日続けるっていうな。それをやることで、僧侶達は神様の領域に近づくことができるってんだが」  はぁぁ、と。ダーラは川原に寝そべって告げた。 「それを修行僧でもなんでもない、小さなガキにやらせようって動きが広まってる。腹が減って泣いた子供は躾がなってないってんで、僧侶にひっぱたかれるんだと」 「それは……」 「ひでぇだろ?……子供ならまだマシだ。それを赤ん坊にやらせたらどうなるよ。死ぬだろうが、普通に。でもって達成できなかった子供の親も、“ダーラ様”に背いたとして村八分になるんだとさ」 「い、いくらなんでも無茶苦茶だ、そんなの……!」 「だな、無茶苦茶だ。俺はそんなことしろなんて一言も言ってないってのによ……」  ダーラもまた、同じことに悩んでいた。人間達が、大昔に自分達が教えたことを曲解し、あるいは自分達に都合がいいように書き換えて支配の道具にしているのである。  それは政治であったり、あるいは特定の人種や性的趣向への差別であったり。  彼らが暴走するたび、自分達の正しい教えは失われ、姿はどんどん見えなくなっていくのだ。自分達の声が聞ける人間が殆どいなくなった時点で、もはや教えは自分達の手を遠く離れてしまったということなのだろう。悲しくてたまらなかった。神様なんて名ばかりだ。自分達の名前を冠する教えだというのに、誰も自分達の望む平和を体現してくれないのだから。  特に許しがたいのは――自分達の宗教だけを過剰に特別視し始めてしまったことである。 「……昨日さ」  ぽつり、とクリスは呟いた。
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