硝子の十字架

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「町の広場で、磔にされた人がいたんだよ。まだ若い男の人と女の人でね。みんながその人に石を投げてたんだ。……何でだと思う?その人達ね、移民だったんだよ。ダーマ教の信者だった。だから、クリストファー神教の信者なら誰もがそうするように……日曜日の礼拝に来なくてね。それで、異教徒だってことがバレちゃったんだ」  その光景を、唖然として見つめるしかなかったクリス。だってそうだろう。褐色の肌の男女は、どちらも両手に杭を打たれて磔にされ、身体中から血を流してぐったりしているのだ。目や鼻にも石が当たったのか、どちらも顔が腫れ上がって見る影もない有り様だった。それなのに、人々は虫の息である彼らに対して、容赦なく罵声と石を浴びせ続けたのである。  彼らが異教徒であったというだけで。  クリストファー神教の人々にとって――邪神に身を捧げた背教者も同然だったというわけだ。 「クリストファー神教も、ダーマ教も、ルシーラ聖教も。神様はただ一人しかいない、他の神様は全部邪神か偽物だっていうことになってしまっている。僕達はどの神様もみんな神様で対等なんだって、昔はちゃんと教えてたのにね」 「唯一神ってことにした方が都合がいいんだろうさ。……喧嘩を売る理由になるからな」 「うん。……僕、人間が嫌いになりそうになったよ」  彼らは、異教徒を人間だとは思っていなかった。  むしろ石を投げた己は、神のために正義の鉄槌を下し、悪魔を裁いたのだと言わんばかりの顔をしていたのだ。  本当に恐ろしい人間は悪人ではなく、間違った正義を盲信する人間である。罪悪感などなく、彼らは石を掲げて教会にいる自分に繰り返し報告に来たのだ。悪魔はこの自分がやっつけるから、神様は安心してそこで見ていてください、と。 「この世界に本当の意味での正義なんかあるものか。……同じ赤い血が流れている相手を、何でああも痛めつけて平気な顔ができるんだろう」  こんなことのために、自分は神様になったわけではない。生まれてきたわけではない。クリスがそう思うのも、無理からぬことではなかろうか。 「自分が正しいと信じていたら、これ以上なく楽だからでしょうね」  がさり、と草を踏む音がした。芝生を踏みながらこちらに歩いてきたのはルシーラである。彼女のルシーラ聖教では、男も女も上半身に布を巻いて覆い隠すのが当たり前とされていた。実際ルシーラ本人も、目元以外は髪も顔もすっかり布で覆われて見ることが叶わない。これは、彼女の教えが広まった地域が極めて日差しの強い国ばかりであったせいだった。布でも巻いていなければ、すぐに肌が日焼けでぼろぼろしなってしまうからである。  いつしかそれが宗教の一部に取り入れられ、信者達は外を歩くときは常に布を巻いて歩くようになった、というわけだ。それを外していいのは基本的に、屋内にいる時のみというわけである。
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