硝子の十字架

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「ルシーラ、お帰り。今日は遅かったね」 「ごめんなさいね。……ちょっと人間達が不穏な動きをしているものだから、長く下界に留まらないといけなかったのよ」 「ああ、そっか。ルシーラのところもバタバタしてたんだものね……」  己の教えを改悪して広められてしまっているのは、ルシーラも同じだった。特に彼女の信者達が暮らす国は、宗教と階級制度が密接に絡み合ってしまっている。――命を差別することなど、ルシーラも望んでいなかったはずだというのに。いつしか王族はルシーラの息子と娘であり、貴族は元敬虔な信者、庶民や下層階級の者達は元背教者であるという考えが広まるようになってしまった。  恐らくは自分達の支配を磐石にしたかった王族の手によるものなのだろう。ルシーラからすれば、自分の教えを書き換えて差別の理由にするなと叫びたいところであったようだが。 「あんた達もそうだろうけど。……私は、他の神の存在を否定なんかしてない。そもそも一番最初は、お互いの教えは不可侵であり、強引に押し付けあってはいけないとちゃんと聖書に記させたはずなのよ」  それなのに、と。クリスとダーラの側に腰を下ろして、彼女は続ける。 「聖書の一説をそらで言えなかった人間は、背教者と見なして何をしても許される。殴られても殺されても犯されても文句が言えない……なんて。私の国ながら、腐ってるとしか思えないわ」 「……そうだな。お前の国の信者からすりゃ、俺とクリスは悪魔だ」 「それがおかしいのよ」  ひときわ厳しい教えが多いとされるルシーラ聖教だが。それらは全て、元々は国民の安全を守るたのものであったのである。布で体を覆うのは強い日差しを避けるため。食事の前に両手を清水で清めるのは、衛生面を保つため。左側を歩くのは交通事故を防ぐため――などなど。  定めたのは全て、信者達の命を守るためのもの。  本当は誰より優しい神様なのだ、ルシーラは。 「私の友達を、私の信者が悪魔と呼ぶのよ。こんな最低なことってある?……ダーラとクリスは、私にとってとても大切な存在なのに……何故神は、別の神と愛し合ってはいけないの……?」  唯一神だなんて。  他の神を排斥しろだなんて、自分達は誰一人望んでいない。それなのに自分達の声は、人間達には届かないのだ。 「……耐えて、待ち続けるしかないのかな。僕らの声が聞こえる人が現れるのを」  ぽつり、とクリスがそう呟くと。呆れたようにダーラが言葉を吐き出したのだった。 「現れたところで、そいつの言葉を他の人間が信じるとも限らねぇけどな」
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