硝子の十字架

5/7
前へ
/7ページ
次へ
 ***  もし。  この世界に神様なんてものが一人もいなければ、どうなっていたのだろうか。  自分達が普通の人間であったなら。  あるいは神様として生まれたのが自分達だけであったなら。  それとも人々が自分達の教えを忠実に守り続け、他の宗教のことも尊重し、欲望に負けずに平和を保つことができていたなら。  もし、もし、もし――いくらそんなIFを積み重ねたところで、意味などないということくらいはわかっている。それでも、クリスは考えずにはいられないのだ。  神様、お願いします。そう人々に祈られるたび、不条理を感じずにはいられない。だってそうだろう。散々身勝手なお願いを押し付けてくるくせに――そんな自分達の願いはひとつたりとて叶える気がない人間達。怒りを、悲しみを、虚しさを。感じるなと言う方が、無理があるのである。 「……何でこうなるのよ」  さらさらと境界を流れる小川を眺め、こうして穏やかに語ることさえいつまでできることだろうか。  あと何回、自分達は三人だけのこの時間を持つことができるだろう。虹色に染まった空を見つめ、苦しい胸のうちを分かつことができるのだろうか。 「こんなこと誰がやれって言ったのよ……ねえ、誰が、誰がっ……!」 「ルシーラ……」  膝を抱えて嗚咽を漏らすルシーラを、クリスとダーラは黙って見つめることしか出来なかった。  ルシーラ聖教の過激な信者達がついに、恐れていた行動を起こしてしまった。ルシーラ以外の全ての神と信者は抹殺されるべき、世界中の人間全てをルシーラ聖教の信者にしなければならないと主張し――テロを起こしたのである。  標的となったのは、ダーラの教えを守る人々の寺院だった。  国で一番大きな寺院に仕掛けられた爆弾が爆発し、何千、何万という人々が死傷する大惨事となったのである。ダーマ教の人々は怒り狂い、ルシーラ聖教を国教とする国々へ宣戦布告してしまったのだった。  最悪なことはまだある。ルシーラ聖教を国教とする国と、クリストファー神教を国教とする国は、長年ある島の領土を争っているのだ。その島が、それぞれの宗教にとって聖地とされてしまっているからである。今回宣戦布告されたルシーラ聖教の国は、まさにその聖地に一番近い場所に位置する国であった。聖地が傷つけば当然、クリストファー神教の国々も黙ってはいないことだろう。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加