【お兄ちゃん改造計画】

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fa2b62ec-0e79-438d-aceb-262b77d5549d【お兄ちゃん改造計画(2/5)】  ********************  16.改造部位:頭~1000円~ 「ただいまー」  学校から帰宅し、誰に言うでもなく単なる習慣としてそう口にすると、 「おかえりー! お兄ちゃん///」 妹が玄関で待ち構えていた。  部屋着ではなく、外へ出掛ける格好で、桜子は胸の前で指を組んでこねくり回している。 「桜子、お兄ちゃんを待ってたのぉ///」 (うわあ、いつにも増して様子が変だ(かわいい)……)  バランスを取って靴を脱ぎつつ、遼太郎は今日も今日とて妹に捕獲される。 「どうした? どっか行くのか?」 すると桜子は、さっと両手の甲をこちらに向けた。 「只今より、術式を開始します。執刀医の此花桜子です」 「何の話……?」 「“お兄ちゃん改造手術”です」 「もういきなり今日から始まっちゃう?」 「あたし、失敗しないので」 「改造手術失敗とか、闇堕ちしそうでヤだもんな」  良太郎が玄関を上がると、 「と言うわけでお兄ちゃん、これから出掛けますので、荷物を置いたら制服のまま下りてきてください」 「え、今から? 服か何か見に行くの?」 桜子にそう言われ、遼太郎はぽかんとした。  遼太郎はファッションをかまわない……と言うより、わからない。結果、全身定番(ユニクロ)で揃う。ダサくはないが、垢抜けない。しかも、時々母親が買ってくる服を素直に着る。一度思い切ってアメコミTシャツを買ってみたが、旧桜子に、 「ないわー」 とダメ出しされて、もっぱら部屋着になってしまった。  しかし桜子は自分の前髪を人差し指と中指で挟むと、 「いいえ、今日はアタマです」 「アタマ? 脳外科?」 意識改革から始めるほど、俺の服装ダメなの? すると桜子はクスっと笑った。 「じゃなくて、散髪ですよ。お兄ちゃん、髪型モッサリだから、ちょっとスッキリ整えないと、何着たってモッサリのままじゃないですかあ」 「めっちゃモッサリって言われるな、俺」  さすがに少々凹むと、桜子は当たり前のように遼太郎の髪に触れて、 「でも、元がいいから、ちょっと髪型変えるだけで、すっごく変わると思います///」 いや、妹に直球で褒められるのも、それはそれで……  遼太郎は“モッサリ”の髪を掻いた。 「じゃあ、これから美容院にでも連れてかれるのか?」 「ううん、美容院じゃなくて床屋さんがいいかなって」 頭も1000円カットでテキトーに切ってる遼太郎に、桜子は首を振った。 「お兄ちゃん、散髪は一回したら終わりってわけじゃないんです。ランニングコストを考えないと」 「ランニングコスト……」 「そ。お兄ちゃんだったら月イチくらいで切りに行くでしょ? 最初の一回だけ頑張って美容院行っても、もったいないだけです。ここ、駅の反対側にある1000円カットのお店なんですけど……」  桜子はスマホの地図アプリを起動して、遼太郎に見せた。 「お兄ちゃんがいつも行ってるとこと違って、若い男性の店員さんが多いから、高校生男子の髪ならいい感じにしてくれると思います」 「妹のリサーチが完璧に過ぎる」 「美容院に何千円も使うなら、1000円カットに月二回行け!」 「御意!」  桜子さんのマジ有能さにタジタジになり、遼太郎は慌てて階段を上った。  ”お兄ちゃん改造計画”、思ったよりオオゴトである気がしてきた。  **********  駅の反対側のモールにあるカット店に着くと、待ち時間もなく遼太郎は椅子に案内された。付いた店員は30前くらいのお兄さんで、なるほど、茶髪の小洒落たヘアスタイルをしている。鏡の中の自分は、自分では特に何とも思わない、いつもの髪型だった。  1000円カットは安い早いの、美容界のファストフードである。安価に、しかも短時間で身だしなみを整えてくれるが、コスト削減のためシャンプーやセットなどのサービスは極力省略されている。支払いまで券売機で先に済ませてしまう店舗も多い。  そんな店に、遼太郎は妹同伴で来たことにふと思い至った。 (待って。妹の付き添いで散髪に来るお兄ちゃん、どうなの?) 周りは別に気にしないのかもしれないが、もし友達とかに見られたら、遼太郎は当分はシスコンの誹りを免れないのではないか。  などと考えていた遼太郎は、 「今日はどうします?」 店員さんの当然の問い掛けに、自分がノープランであることに気づく。いや、ご希望の髪型も何も、妹のご希望で連れて来られたわけだし……  その桜子の顔が、ひょいと鏡の中にフェードインしてきた。 「すいませーん。この人、髪型とか全然気にしない人で(笑)」 実の兄を(笑)付きで紹介しつつ、桜子は遼太郎の代わりに店員さんに言った。 「変に凝った髪型にしても、どーしていいかわかんないと思うので、無難で今風な感じにしてください。セットも自分じゃできないから、市販の整髪料で、できるだけ簡単に整えられて、半月くらいは持つような感じで」 (妹のオーダーが的確過ぎる……)  と、桜子は鏡越しに遼太郎に目を合わせ、ぽっと頬を赤くした。 「まあ、あたしが毎朝セットしてあげても、イイですけど///」 「良くねえ」  店員さんは桜子の注文にうんうんと頷くと、 「なるほどなるほど……じゃあ、全体的にちょっと梳いて動き付けて、前髪は横に流す感じでいこうか。それとも、もうちょっとバッサリいく?」 「いえ、今の雰囲気のまま、スッキリさせる方向で」  遼太郎の意思とは無関係なところで、自分の髪型が決定した。 (まあ……別にないけどね、自分の意思……)  ケープを首に巻かれ、自分の見えない位置からハサミの音が始まる。 「妹さん? 何かすごくしっかりした子だねえ」 「はあ、まあ……」 「それに可愛いし、自慢の妹さんだねえ」 「はあ、まあ……」 沈黙が下り、チョキチョキとハサミが響く。 (いや、受け答えしづれーわ!) ハイともイイエとも言いづらいわ、何のダブルバインドなんだよ?  それと桜子(このひと)、何でずっと立ったまま兄が散髪されるの見てるの?  ものの10分足らずで、遼太郎の“アタマの改造”は完了した。 「こんな感じでいいですか?」 「……はい、大丈夫です」 遼太郎は前髪と、鏡に映る店員さんが持った鏡の後ろ髪を見て、軽い驚きを感じていた。  それほど切ったわけではないのに、印象は大きく変わっていた。小ギレイと言うか、今風と言うのか、これを見ると確かに、 (今までの俺、モッサリだわ……) 妹と母の酷評もしかたないように思える。  と、桜子がカバンから寝グセ直しウォーターを取り出すと、遼太郎の頭にさっさっさっと満遍なくスプレーした。そして呆気に取られた店員さんに向かって、 「あのう……セットはして頂けないのは存じているんですが、簡単でいいので、お兄ちゃんにどういうふうに整えればいいかだけ、教えてあげて頂けませんかあ……?」 上目遣いで可愛い女の子に頼まれては、店員さんもイヤとは言えない。 「うん、混んでないし、かまわないよ」 そう言って、クシを使わず手でざっざっと遼太郎の髪を撫でつける。 (え? 用意周到過ぎない……?)  驚き言葉も出ない間に、遼太郎の髪は簡単に整えられた。 「こうやって横の方に流してやると、それだけで結構それっぽくなるでしょ?」 「本当だ、これ、変わりますね」  遼太郎は気を取り直し、感心した。少し横分け風に髪を流しただけで、「テレビに出てる奴の髪型みたいだ」とカッコを全く気にしない遼太郎も思う。これなら自分ででもできそうだ。 「持ってないなら、市販でいいから何かワックスを買うといいよ。お兄さんは髪黒くて細めだから、あまりキープ強過ぎない“流す系”か、“ツヤ系”でもいいかもしれない」 「ありがとうございます、参考になります」  シャンプーがないので掃除機で切った髪を吸われたが、多少首筋がチクチクするのは否めない。ブラシでざっと制服を払ってもらい、遼太郎は、 「……どうだ、桜子?」 振り返って……  桜子が手を組んで、完全に舞い上がった顔で自分を見ているのに気づいた。 「カッコ……イイっ! お兄ちゃ……!」 「待て! “感極まる”な!」 ばっと自分に駆け寄る桜子を、いち早く察した遼太郎がガッと肩をつかんで止めた。  桜子もハッとして、自分が“何”をしようとしていたかに気づき、真っ赤になる。 「ゴ、ゴメンなさい、お兄ちゃんっ!」 「公衆の面前で大事故起こされてたまるか。死人が出るわ」 遼太郎の額を流れるのは、桜子が掛け過ぎたスタイリングウォーターだけではなかった。  ********** 「ありがとございましたー」  店を出た遼太郎は、モールを歩きながら、店舗のガラスに映る自分に、チラチラを目をやった。なかなか劇的なビフォーアフターである。 (髪型ひとつで結構変わるもんだな……俺、案外悪くなくね?) 陰キャが1000円カットで自意識過剰とは、我ながら単純な気もするが、切る前の髪型がダメ過ぎたということなのだろう。 (ドラッグストア(マツキヨ)でワックス買って帰ろ……)  実際のところ遼太郎は元がいいから、ちょっとイジれば覿面(てきめん)に効果が出る。そこに自分では気づいていないのが、母のいわく“残念なイケメン”たる所以である。  それにしても畏るべしは、桜子の“おにいちゃん改造計画”。  店選びからヘアスタイルの注文に至るまで、怖いくらいの手際だった以上に、こういうのの苦手な自分に無理がないことを一番に考えてくれていた。普通“改造計画”なんて言い出したら、調子に乗ってハードル上げてきそうなものなのに。  遼太郎はガラスの中の自分から振り返った。 「……桜子」 「ひゃい?!」 「今日はありがとうな。お兄ちゃん、何かちょっと自信ついたよ」 急に声を掛けたからか、返事の裏返った桜子に、遼太郎はにこっと笑った。 「どう? お兄ちゃん、ちょっとはマシになった?」 「お兄ちゃんのせいで、人口の爆発的増加が懸念される」 「お兄ちゃんの繁殖力への評価が過大過ぎない?」  すると桜子は顔を赤くして遼太郎を睨むと、プイッとそっぽを向く。 「だ、第一段階が終わったくらいで何言ってるんですかっ! 究極生命体(アルティメットシイング)になってから調子に乗ってださい!」 「え、お兄ちゃん石仮面被らされる系?」 遼太郎は指で鼻を下を擦ったが、フッっと笑って、 「ありがとな、桜子」 デキる妹・桜子さんに、改めて礼を言った。  その桜子さんは、 「ふー……ふー……」 口元に当てた人差し指を軽く噛みながら、 (お兄ぢゃあん……カッコイイよおおっ! カッコ良くなり過ぎだよおおおっ!)  人としてかなりダメな状態になっていた。 (か……髪型変えただけで、ここまでイケちゃう? このお兄ちゃんで、あたし、ごはん何杯イケちゃう? 大盛りつゆだくイケちゃ……“つゆだく”?!) 黙った方がいい。 (もおおおっ、お兄ひゃぁんらいぃしゅきいぃぃっいぃ! 桜子(しゃくらこ)ぉ、お兄ひゃんらいしゅき過ぎてツラいよおおおお!) ついに“み桜子なんこつ”と化した。  と、不意に桜子はスマホを遼太郎に向け、すぐにサッと下ろした。 「……よし」 「待って? 今、お兄ちゃん無音カメラで撮らなかった?」 桜子の行動の意味を察し、遼太郎が言った。桜子が目をそらす。 「……トッテナイヨ」 「おい、ちょっと見せろ、桜子」   遼太郎は桜子のスマホに手を伸ばす。  すると桜子はビクッとして、顔を赤らめると、震える手でスカートをつかんで、ゆっくりと上に…… 「何を見せる気だー?!」 「えっ、違うの?」 「違うわ! 何でそうだと思った!」 「お兄ちゃん、お外でそういうことしたいヘンタイなのかなあって思って……」 「風評被害が甚だしい。それに、もしそうでも受け入れちゃダメだろ」 「あたし……お兄ちゃんなら、イイよ……?」  桜子が目をウルッとさせて言い、遼太郎は脱力した。 「だからあ、そういう冗談はヤメろって……」 桜子はにっと笑い、左手のスマホをぎゅっと握った。 (誤魔化しきった……!)  実は桜子の写真フォルダには、既に結構な枚数のお兄ちゃんの隠し撮りが入っている。別にヤバい写真はないけれど、妹のスマホにお兄ちゃんの写真が何枚もある時点で、そもそもヤバい。  と、遼太郎が手を差し出してひらひらさせた。 「で、スマホ」 誤魔化せていませんでした。  焦った桜子は、顔を真っ赤にして叫んだ。 「女の子のスマホの中身見せろとか、どういう料簡だ、このスマホ太郎!」 「スマホ太郎?!」 「あのね、お兄ちゃん? 現代人にとって、スマートフォンは非常にプライベートなものなのです。そんな女の子のプライベートを無理やり覗こうなんて、お兄ちゃんはお外でそういうことしたいヘンタイなの? お兄ちゃんがそういう人で、桜子はガッカリです」 「お外でぱんつ見せようとした人には言われたくないぞ」  遼太郎はガクッと頭を垂れると、 「もういいよ。桜子がそんなにヤなら」 桜子はちょっと申しわけなくなって、 「ゴメンね、お兄ちゃん。代わりに今度、ちょっとエッチな自撮り撮って、お兄ちゃんにラインで送りますから」 「ダメだよ、桜子さん?」  遼太郎は呆れてため息をついた。 「行くぞ、桜子。あんまり遅くなると、母さんが心配する」 「はーい///」 「それと、あんまり勝手に人の写メ撮るなよ」 遼太郎はそう言って、歩き出した。  桜子はしばらく立ち止まり、その背中を見つめていた。 (お兄ちゃん、本当はスマホで撮らなくてもね……) 桜子の心のハードディスクには、毎日の何げない一瞬を切り取って、遼太郎の“写真”が溜まる一方だった。今日のこのお出掛けも、かけがえのない思い出になって、心に保存される。 (でもね、桜子のハードディスクは……)  いつか、また消えてしまうかもしれないから――……  桜子は両手の人差し指と親指で枠を作り、その中に遼太郎の背中を収めた。 「……かしゃっ」 そう呟いて、桜子はお兄ちゃんの後を追い掛けた。8c88c587-13fe-4a09-8c65-0aa6adfd557d
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