【はじめまして、お兄ちゃん!】

2/6

7人が本棚に入れています
本棚に追加
/42ページ
1467efae-739d-4dc5-b7f9-df248ed97d4e【はじめまして、お兄ちゃん!(2/6)】  ********************  2.妹、ぱんつを握り締める  さて、世に氏より育ちと申しまして、実の兄妹でも離れて育つと、後に出会った時に恋愛感情を持つことがあるそうでございます。  逆に血のつながらない他人でも、兄妹同様に育ったりすると、男女の仲にはなりにくいとも申しますので、人の心というのはまことに面白いものでございます。  さて、生まれてこの方の記憶を一切合切なくしてしまった桜子さん、主観的には初対面、全くの0ベースで出会った“お兄ちゃん”に恋心を抱くのは、フツウのことなのでしょうか、それともヘンタイなのでありましょうか――……  **********  頭を打って記憶を失ってから三日目、桜子はともあれ記憶以外は問題ないということで、目出度く(?)猪ノ口(いのぐち)市民病院を退院した。一応、大事を取って、木曜の今日から今週いっぱい学校は休む予定になっている。  “お母さん”の運転する軽自動車の助手席に揺られること三十分、ほえーっとした顔で窓の外を流れる5月の町並みを眺めている間に、閑静な住宅地にある家に着いた。 (あ、戸建てだ) ということは、あたしの家はまあまあ裕福なんだろうか、と桜子は思う。  あまり必要なかった入院荷物を抱えた“お母さん”の後からついて、恐る恐る玄関をくぐる。 「お邪魔しまーす……」 思わず呟いた桜子に、 「何言ってるの、この子は。自分の家よ」 そう笑った“お母さん”がちょっと寂しそうで、 「うん……ただいま」 桜子は小さな声で、言い直した。  とは言え、桜子にはこの家で暮らしていた記憶が全くない。勝手がわからず玄関できょろきょろ立ち尽くしていると、“お母さん”が階段を上って二つ目のドアが桜子の部屋だと教えてくれた。 「すぐごはんにするから、リビングにいてもいいけど、部屋でゆっくりしたら?」 と言われて、桜子はそうすることにした。 (あたしの部屋かあ……あたしの部屋なあ……)  階段を上がって、ひとつめのドアの前を通り過ぎようとして、ふとそこに掛かった木のプレートが目に入った。 『りょうたろう』  ぼっと顔を赤くして、桜子は慌てて『さくらこ』のプレートの下がったドアに逃げ込んだ。平仮名の名前の後ろには、さくらんぼの絵のパーツが貼ってあった。  **********  飛び込んだ部屋は、いかにもな、しかし見覚えのない“女の子の部屋”だった。  パステルカラーのカーテンとベッドカバー、ベッドにはヌイグルミなんかが並んじゃったりしている。 (あたし、あれ抱いて寝てたりしたのかな?) フローリングにラグを敷き、その上にはモノトーンの小さなテーブル。床には少女漫画と例のファッション雑誌が何冊か落ちている。デスクはライトブラウンの学習机のままで、 (あ、ノートパソコンあるんだ……) 桜子は見たことのない教科書をぱらぱら捲ってみた。  どう見ても数日前まで、女の子が生活していた部屋だった。しかし桜子には、その女の子の暮らしが全く見えてこない。  桜子は物珍しげにきょろきょろ部屋を見回したが、人の部屋を物色しているようで、物に触るのも気が引ける思いだった。  何の気なしにタンスを開けてみて、畳んだスポブラとぱんつが目に入り、完全に自分がヘンタイな気がして、居場所なげにベッドに腰を下ろした。  そのまましばらく、桜子は〇と△で描けそうな気の抜けた顔をしていたが、ふとさっき部屋の前でみた、木製のネームプレートの思いが及んだ。 『りょうたろう』  その途端、桜子の額からぼわっと湯気が立ち昇った。 (そ、そ、そうだった……今日からあたし、遼太郎さんとひとつ屋根の下で暮らすんだよ) そりゃあ、まあ、兄妹ですから? しかし桜子にとっては由々しき問題である。  何しろ桜子には、兄・遼太郎の記憶も一切ない。その上、記憶喪失になってからの初対面(・・・)で転びかけたところを抱き留められ、兄とは知らずにひと目惚れをしてしまっている。  桜子の主観では、出会って二日目の、ひと目で好きになった男の子と一緒の家で暮らす生活が、今まさに唐突にスタートしたわけである。 (な……何なんだ、この展開は。エロ漫……少女漫画かよ、これは。今日から? 一緒に暮らして? 一緒にごはん食べて? 一緒にお風呂入って……) 桜子の右ストレートが桜子の右頬を打ち抜いた。 (一緒“の”! “の”だよ、“に”じゃねーよ、アホンダラ! お湯が一緒ってだけだよ、兄妹でお風呂入って許されるのは法律で小学校までだよ!)  物理的に頬を赤くして、桜子は息を整え……また顔がにへっと緩んだ。 (……一緒のお湯かあ///) (やっぱり、目上なんだから遼太郎さんが先のお風呂だよね。遼太郎さんの入ったお湯かあ……お風呂のお湯って、飲んだらお腹壊すかな? あっ、バスク●ン入ってたら飲めな……)  桜子の左ストレートが、桜子の左頬を打ち抜いた。 (バスク●ンじゃねーよ!) 自らに両頬を打たれ、桜子は肩でぜいぜいと息をついた。 (あたしは、死んだ方がいいかもしれない……)  桜子はごろんっとベットに仰向けになった。 (だって……“お兄ちゃん”なんだよ、遼太郎さんは。そりゃ、あたしは、記憶なくしちゃって“カッコイイ男の子”にしか見えないけど、遼太郎さんはあたしのこと妹だってわかってるんだから、妹としか見ないよ。うん、大丈夫) 自分に言い聞かせるように、桜子は頷いた。 (妹としか……)  見上げたシーリングライトが、不意に滲んで、桜子は横に転がった。 (なっ……んで泣いてんだよっ、あたし?!) さっき両頬を打擲(ちょうちゃく)した両拳が、ごしごし涙を拭ってくれた。 (ア、アホか……否、アホだ。そんなの当たり前じゃん、妹以外の何物でもないじゃん。妹としてしか見なくなかったら、遼太郎さん、とんだヘンタイじゃん) もしも好きな人が自分を好きになってくれたら、もれなく相手はヘンタイです。それ何て地獄?  桜子はちょっと泣いて、深呼吸して、ちょっと落ち着いた。 (そ、そうだ、明るい面を見よう。ひと目惚れした人と? 親公認で二日で一緒に暮らせて? 相手は(兄妹だから)基本的に好意的? ふへっ、勝ち組じゃん) 今泣いたカラスが、もう気持ち悪く笑う。 (そうだよ、妹バンザイじゃん。一緒に暮らしてるわけだし、ありのままの素の遼太郎さんが見られるわけだし、アドバンテージ(?)はあたしにアリだよ)  “ありのままの遼太郎さん”……?  桜子はまた、仰向けに反転した。 (ありのまま、はあたしの方もか。一緒に暮らしてるんだから、夜はパジャマ姿とか見られちゃうんだよなあ。あたし、可愛いパジャマとか持ってんのかな? それに、下着だって見ら……)  桜子はがばっと起き上がって、タンスに駆け寄り抽斗(ひきだし)を開けた。 (あー……あんまり可愛いぱんつないじゃん! ブラだっててスポブラばっかだし、何なんだよう、遼太郎さんに見せること考えてないのかよう。しょうがないなあ、買いに行くか。あたし、お小遣いとかどれくらい残……) 「遼君、桜子―。ごはんよー」 「ほーい、行くわ……」 「ひゃああああいっ!」 「?!」  “お母さん”の呼ぶのに“お兄ちゃん”が応えるのに、桜子の奇声が被り、隣の部屋からガタンッと物音が立った。  桜子はぱんつを握り締めてきっかり2分、死にたい思いを噛み締めた。 。cc1688b5-18a7-47a6-89cd-af50ab639f9f
/42ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加