【恋人ごっこ】

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b696a656-c8c0-41db-92e4-90ba6f672aad 【恋人ごっこ(5/6)】  ********************  24.恋人ゲームの行方  “いろいろ”あったけど、桜子と遼太郎の“デート”は続く。  書店やオモチャ屋さん(トイザらス)なんかをひやかしながら、二人は並んで、前になったり後ろになったりしながら、モールをそぞろ歩く。このフロアのどこかに“遭遇してはいけない敵キャラ”が徘徊していることは頭にはあったが、隅っこに追いやられ、桜子のウキウキに水を差すことはない。  自然、足も軽くなり、遼太郎を追い越して振り返ると……  そこに遼太郎の姿はなかった。  ぎょっとして立ち止まり、辺りを見回したが、行きかう買い物客達の間に遼太郎の顔は見つけられなかった。 (お兄ちゃんがいない……) そう思った瞬間、自分でもビックリするくらい悲しい気持ちが、一気に胸の奥から込み上げてきた。 「お兄ちゃん……?」 「お兄ちゃーん! お兄ぢゃあああああん!」 「一発で三回使い切るなよ」  桜子が叫ぶと、遼太郎が雑貨屋さん(ビレバン)からヒョコっと顔を出した。 「ちょっと気になる物があって、店の入り口に入っただけだ。ほら、さっきの映画のフィギュア……」 アメコミの悪役フィギュアを手にした遼太郎を見て、桜子の頬にぐんぐんと血が昇っていった。 「ズルだー!」 「ええっ?!」  面食らった遼太郎に向かい、桜子はその場に突っ立ったまま、両手を握り締めて真っ赤になって叫んだ。 「お兄ちゃんはズルい! 桜子にケーキ奢りたくないから、そうやって隠れたり、電車の中でチューしたりするんだ!」 「ちょ、おまっ、デカい声で何言って……!」 「お兄ちゃんがズルするから悪いんでしょー!」 「わかった。わかったから、落ち着け……」  **********  ケーキは奢ってもらえました。  ニューヨークチーズケーキにダークモカチップクリームフラペチーノを並べてホクホク顔の桜子を、ドリップコーヒーだけ注文した遼太郎がゲンナリした顔で眺めている。 「お前、よくそんな甘いもんで甘いもんを食えるな」 「えー? 甘いものは別腹って言うじゃん。英語でも“別腹”って“Cake hole”って言うらしいよ」 「両方同じ穴に入れてるだろ」 (“同じ穴に入れる”……?) 桜子は一瞬ぴくっと引っ掛かったが、甘いもので心が浄化されている今、しょーもないことはすぐ流れていく。 「美味しいなあ、嬉しいなあ。お兄ちゃん、ありがとー」 「ったく……ゲームは俺の勝ちのはずなんだがな……」  呆れ顔で言う遼太郎に満面の笑みを向ける桜子は、心中で、割と冷や汗をかいている。“しょーもなくないこと”は、流れていってくれないのだ。  さっきの醜態のことだった。  あの“チューして泣いた夜”もそうだが、桜子はこの頃、自分の中に二人の自分がいることに気づいている。  二重人格というわけではないのだが、記憶を失って遼太郎に恋をしている“女の子”と、今を忘れて幼児か女児のようにお兄ちゃんに甘えてしまう“妹”――二つの性格が、ふとした瞬間代わる代わるに顔を出す。  さっき遼太郎の姿が見えなくなった時、桜子が真っ先に思ったのは…… 「あたし、迷子になった」  であった。何が迷子だ。別に、本当に遼太郎とはぐれてしまっても、館内放送で呼び出してもらうなり、一人で帰るなり、そもそもスマホを持ってるって話だ。 (やっぱ、感情の振れ幅がオカシイよな……) 桜子はフラペチーノを啜った。普段はそーでもないんだ。こと遼太郎に関わる場合だけ、“女の子”と“妹”が好き勝手に暴れ出す。  記憶喪失が分断した、二人の自分。いつか記憶が戻ったら、二人はまたひとつになって、”本当の自分“が帰って来るんだろうか……?  **********  そんなことを思っていたら、不意に遼太郎の手が桜子に伸び、 「おいおい。お前、クリーム……」 そう言って、桜子の鼻先を指でスッと拭うと、 「子どもやアニメキャラじゃないんだからさ、普通つかないだろ、鼻に」 無意識にだろう、そのまま口元に運んでペロッと舐めた。 「……あーっ!」  店内に響き渡る声に、遼太郎は首をすくめ、周りを見回した。 「急……にっ、叫ぶな。店の中だぞ」 「お、お、お兄ちゃんこそ、人前で何やってんだ?!」  桜子が泡を食って小声で叫ぶと、遼太郎がぽかんとする。 「俺、何かやった……?」 「なろう主人公か! 今、あたしの鼻についたクリーム、指で舐めたじゃん! 人前で何やってんだ、このお外系ヘンタイ!」  桜子が耳を熱くして言うと、遼太郎もぎょっとして自分の指を見つめた。 「マジ? あー……完璧に無意識だわ」 「無意識に妹の鼻のクリーム舐めるな! 絶対何パーセントか桜子成分舐めたじゃん! そんなん、桜子舐めたのと一緒じゃん!」 「それは一緒じゃないだろ。お前成分とか、あったとしても1%未満だろ」 「繰り上げたら100%だろー! もうこれは桜子が食べられたのと同義だよ。カニバリズムか! この東京グール!」 「繰り上げ過ぎだろ。そこまでガッツリ食ってねえわ」  遼太郎もさすがに顔を赤くすると、桜子は腕組みしてそっぽを向いた。ああ、自分の中の“女の子”が、映画の“階段のダンスシーン”のように踊り狂ってる。  それを意識しつつ、桜子は弱っている遼太郎をジロッと睨んだ。 「もう……お外でこれだったら、お兄ちゃん、家であたしの鼻にクリーム付いてたら直接ペロッてするんじゃないですかー?」 「しねーよ!」 赤くなって慌ててる遼太郎を見て、桜子はちょっと楽しくなってくる。 「例えばさ、夏とか上だけ裸でアイスとか食べてるとするじゃないですか?」 「前提条件オカシクない?!」 「それでアイスが溶けて胸に垂れたら、お兄ちゃん、無意識に“パク” って…」 「何をだよ?!」  遼太郎がツッコむと、桜子は妙に色っぽく上目遣いに笑う。 「それ、桜子に言わせる気……///」 「い、いや、その、言わなくていい……」 「チ」 「言うな―!」 遼太郎が抑え声で叫ぶ。ナニコレ、超楽しー。  桜子はクスッとフラペチーノのクリームを指で掬い、ちょんと頬につけた。 「お兄ちゃん、また付いちゃったあ」 「そこは舐めないよ?」 遼太郎に睨まれ、桜子はシャツの襟を中指で少し引き下げた。 「こっち?」 「いい加減にしろ」 さすがに、こつん、と頭を叩かれた。  ああ、あたしの中の“女の子”、気持ち良さそうに踊ってるなあ。  さあさあ、狂ったように踊りましょう。きっと10年後のあたしは“お兄ちゃんのお嫁さん”なってるはずだからさ――…… 「ゴメンね、お兄ちゃん。それは、お家でだよね……」 「とりあえず母さんに言って、家から乳製品撤去してもらうわ……」e5aa28d8-a0af-4a77-be36-6fbfe30ce3f2
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