【恋人ごっこ】

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44a8d00b-c34b-47b8-bc22-5220b791042c【恋人ごっこ(6/6)】  ********************  25.魔法の時間の終わり  スタバを出ると、桜子はご満悦であり、遼太郎は疲労困憊であった。ちょっとやり過ぎたかなあ、と桜子は反省し、遼太郎に素直にお礼をいった。 「ごちそう様。ありがとー、お兄ちゃん」 「ああ……まあ、気にするべきは奢りとは別のところにあるが」  その言葉に、桜子はふと心配になり、 「ねえ、お兄ちゃん。映画とかお昼とか、桜子いっぱいごちそうになっちゃったけど、お金、大丈夫……?」 真顔になって遼太郎を見上げた。遼太郎のお小遣いの月額は知らないが、今日は高校生には結構な出費をさせてしまったはずだ。  すると遼太郎は笑って、 「心配するな。実は桜子と出掛けるからって、母さんから今日の軍資金をもらっている。俺より母さんに礼言っとけよ」  そう言ったので、桜子はホッと胸を撫で下ろすと同時に、普通の高校生ならもらったお金をなるべく浮かして、自分のお小遣いにしたりするんじゃないかなあ、とも思った。 (お兄ちゃん、やっぱりそういうところ優しいっていうか、いい人だなあ) そう思うと、いっぱいからかったのが、申しわけなくなる。  桜子がしゅんとしたのを見て、遼太郎がその顔を覗き込んだ。 「どした、急に大人しくなって」 「うん……あのね、お兄ちゃん、遊びに連れてきてくれて、もらったお金もあたしのために使ってくれて、それなのに困らせるようなことばっかり言って、あたしイヤな子だなあって……」  確かに今日はたくさん冷や汗をかかされたが、しおらしくなるとやっぱり桜子は可愛い。遼太郎は妹の髪をくしゃっと撫でた。 「何言ってんだ。今日は俺が桜子を誘って、付き合ってもらったんだろ」 ポンポンと、桜子の頭が軽く叩かれる。 「おかげで今日は楽しかったよ。ありがとな、桜子」 遼太郎の爽やかな笑顔に、桜子の胸がキュウウン!とする。 (や……やっぱり、お兄ちゃんはズルい……///)  桜子がどれだけペチペチとジャブを打ち込んでも、強力なボディブロー一発で試合を引っ繰り返すんだもんな/// (お兄ちゃんってば、恋のフロイド・メイウェザー……) 「さて……そろそろ帰るか?」 「うん、そうだね、お兄ちゃん」  恋人ゲームの決着もつき、桜子の楽しい時間もそろそろ魔法の解ける時だ。残念な思いはするが、これ以上は自分の身が持たない気もする。 「ねえ、お兄ちゃん。また来ようね」 「ああ。じゃあ今度も恋人ゲームで勝負するか?」  遼太郎が笑いながら言うと、桜子は首を振った。 「ううん。だって、たぶんあたしじゃお兄ちゃんに勝てないよ……」 (それに……いつかは“ゲーム”じゃなくて、本当に……)  そんな複雑な妹心の精神分析は、きっとフロイト(・・・・)だってお手上げだ。  **********  駅へと向かう途中、桜子はスイーツの出店屋台に目を留めた。 「ねえ、お兄ちゃん。タピオカってさ」 「何、まだ食うの?」 自分にはひとつでもギブアップな甘いの二つもペロッといって、まだいく気かと遼太郎は呆れるが、桜子は手を振って、 「そうじゃなくて、タピオカって“女社長の男性秘書”って感じがしない?」 「どういうこと?」 「『タピオカ、今日のスケジュールはどうなってるの?』、『タピオカ、会議のアジェンダはできている?』、みたいな」 「ああ、“岡”ね。“岡”の要素の話ね」 「で、女社長は仕事でトラブルとかあると、タピ岡と飲みに行くのね。それで、つい飲み過ぎて酔い潰れちゃった女社長を、タピ岡はおんぶして帰るの。女社長が背中で『タピ岡~、聞いてるの~』『聞いていますよ、社長』って感じで」 「なるほど。女社長はギャップで可愛いタイプなんだ」 「タピ岡は女社長のマンションまでおんぶで連れて帰るんだけど、女社長をベッドに寝かせて、テーブルに途中で買ったポカリと軽く食べるものを置いて、そのまま何もせずに帰っちゃうの」 「タピ岡さん、紳士なんだ。カッコイイな」 「でね、目を覚ますと女社長はテーブルの飲み物とタピ岡の残したメモを見つけて、ちょっと残念な気持ちなの」 「複雑な女心ってワケだ」  桜子が話し終え、二人並んで、黙ってテクテク…… 「今の何の話?!」 「え? 別に、ちょっと思いついただけ」 桜子がしれっとした顔で言うもので、ふと遼太郎も思いつき、 「その話で行くと、“タピオカミルク”って何か卑猥な……」 「???」  兄は開いた口を、妹の無垢な瞳を見て閉じた。さすがに、中学生の実妹にカマすネタではなかった。 (……ケンタローに聞かせてみよう) 遼太郎は、話せない話を心のネタ帳に書き込んだ。  余談だが、週明けケンタローにはめっちゃウケた。  **********  いよいよモールを出るところで、桜子は今度は雑貨屋の店先に陳列された帽子の中に、モコッとしたキャスケットを見つけた。 (あ、カワイイ……)  手に取った帽子はリネンのブラウンベージュで、被ってみると今のコーデにもぴったりだし、これからの時期に使い勝手が良さそうだ。 「お兄ちゃん、どう?」 (うわあ、可愛い……)  大きめの帽子を被り、にこっと笑った桜子は、今日一日振り回されてアタマの疲弊した遼太郎に、一瞬“兄の目”を忘れさせた。遼太郎はすぐハッして、 「ああ、良く似合ってる。カワイイよ」 「ホントー? わあい、遼君に褒められたー」 無邪気に笑う妹を、微笑ましく眺め直した。  ふと、遼太郎は桜子の頭から帽子をひょいと取った。 「はにゃ?」 タグを裏返すと、 (三千円か……) 遼太郎はきょとんとする桜子を置いて店内のレジに向かい、 「被って行くんで、タグ外して下さい」 さっさと会計を済ますと、また桜子の頭にポスッと戻した。  桜子は呆気に取られた顔で、遼太郎を見つめている。 「え……お兄ちゃん、コレ……?」 驚く桜子に、遼太郎はいかにも兄貴らしい顔を作って笑い掛けた。 「気に入ったんだろ? 今日は楽しかったからな。その記念っつうか、お兄ちゃんからのプレゼントだ」  桜子はぱあっと顔を明るくして、すぐに曇らせた。 「でも、お金が……」 「軍資金がまだ残ってたからな、実質負担は半分ほどだ」 桜子はそれでも申しわけない気持ちだったが、口元が……自分の意思とは関係なしに……ムズムズと緩んできて……  ばっと下を向き、キャスケットを両手で押さえて目深にして、 「お、お兄ちゃん、ありがとお……///」 もう、遼太郎の顔を見ることはできなかった。 (うわあ、可愛い……) 遼太郎はいつものやつを思っていたが、 「えへ……えへへ……うふう……くふふふう……///」 顔を上げずに奇妙な音をさせている桜子に、 (うわあ、気持ち悪い(カワイイ)……)  さすがに、そう思った。  ともあれ、桜子の魔法の一日が、こうして終わった。けれど、シンデレラのガラスの靴が、12時の鐘が鳴っても消えなかったように、桜子の心には消えない今日の記念と大切な思い出が――……  帰りの電車では疲れ果てたのか、桜子は席に座るとすぐ、遼太郎の肩に頭を預けてすうすうと寝息を立て始めた。大きなキャスケットで遼太郎からは口元しか見えないが、 (……こうしていると、”小さい頃の桜子“のまんまなんだけどな) “そこ”にちょこっと、知らない”女の子“が混ざっているのが、時々困る。 「……お兄ちゃん……」 「……っ!」  寝言でまで呼んでくるとは、お前、どんだけだよ? 遼太郎は肩越しに、窓の外を流れる風景に目をやった。  記憶をなくした桜子が自分のことを“知らない”ように、もしかすると自分も、桜子のことを“知らない”のかもしれないな。 「……むにゃ……よさぬか、ベイマックス……」 「いや、何の夢見てんの?!」  **********  その日、帰宅してから――…… 「ちょっと、桜子。遼君に買ってもらって嬉しいのはわかるけど、ごはんの時は帽子は取りなさい」 「やだー、取らないー」 「お兄ちゃーん、お風呂空いたよー」 「うわっ、お前パジャマにそれ被ってんのかよ?」  当然のように、桜子はその夜、キャスケットを被って寝た。c4573592-39f2-4340-b026-bee8af516ee6
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