【秘密の恋、知られて……】

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【秘密の恋、知られて……】

021f8edd-311e-432f-808e-cafddf40917c【秘密の恋、知られて……(1/2)】  ********************  26.サナとチーの学校裁判 「やー! 被ってくのー!」  週末が開けて月曜、いつも桜子より20分ほど早く家を出る遼太郎は玄関で、セーラー服で階段を下りて来た桜子からの頭から、キャスケット帽を取り上げた。 「やー、お兄ちゃんのエッチー! 脱ぎたくないのー!」 「ご近所さんが誤解するわ。ヤメとけって、没収されるから」 遼太郎に説得され、桜子は渋々帽子を学校に被っていくのを諦めた。 「じゃ、行ってくるわ……」 「行ってらっしゃーい、早く帰ってきてねー」  朝っぱらから妹のアホさに付き合い、余計な体力を使わされた遼太郎が、いつもにましてテンションも低く出て行った。桜子は満面の笑みでお見送りする。 「……じゃあね、お兄ちゃん」  だが、ドアが閉まった時には、そこにニコニコ笑う桜子はもういなかった。  登校時間になり、玄関を開けた桜子は、思い掛けない日差しに目を細めた。 (気づかないうちに、季節が変わったのか――……) 波乱万丈だった5月ももうすぐ終わり、制服の移行期間である桜子の学校では、夏服に着替えた生徒もちらほらといる。今日などは暖かくて、一気に衣替えが進むのではないかと思われる。 (でも……) 今日の桜子は袖のある冬服に、何となく守られている気がして、少し安心できた。  風の強い日だった。校門の前に立つと、吹き上げられた砂煙が、校庭を舞っているのが見えた。桜子の目には校舎がいつもより高く(おお)きく、圧し掛かって来るように映った。  後ろ側の扉から教室に入る。廊下側の席に目をやると、サナとチーは既に登校していた。 「……」 「……」  目は合わせたが、言葉は交わさない。黙って自分の机にカバンを置いても、二人が近づいて来ることはなかった。ただ、その視線が背中に突き刺さることは、桜子も痛いほど感じていた。  1時間目が終わっても、2時間目後の休み時間も、サナとチーが桜子に接触してくることはなかった。隣の席の東小橋君が、 「桜子殿、お二人とケンカでもなされたでござるか?」 心配そうに声を掛けてくれたが、 「ううん、そんなことはないよ」 桜子は微笑んで、そう答えた。 「二人とも、たぶん待ってるだけだよ……」 「その“(とき)”を――……」  **********  チャイムが昼休みの到来を告げた。午前中の授業から解き放たれた教室が、待ちに待ったランチタイムに、にわかに活気づく。  ガタン。音を立てて、桜子が机に手をついて立ち上がった。  静まり返った教室で、桜子は机に置いた手を見つめたまま、呟くように言う。 「やっぱり来たね……サナ、チー……」 「くくく……逃げ出さなかったことだけは、褒めてやるよ、桜子お……?」 「覚悟が出来た、ってことだよね……? それとも、“諦め”かなあ?」  ザッと取り囲むように、サナとチーが桜子の席の周りに立った。桜子がキッと振り向くと、その時、開け放った窓から風が舞い込み、カーテンと前髪を舞い上げ、かき乱した。 「サナ、チー……」 桜子が口を開き掛けると、サナも前髪をかき上げ、長身から顎を突き出すように見下ろしてくる。 「オイオイ……ここでおっ始める(・・・・・・・・)気かよ? 周りの奴らを巻き込んじまうぜえ……?」 「クスクス……まあ、こっちはそれでも、かまわないんだけど?」  チーが口に手を当て、挑発的に笑う。  そんな二人を怯むことなく見返し、桜子はカバンを開くと、すっとお弁当箱を取り出した。 「……場所を変えましょう」 「ああ、望むところだ。旧校舎の中庭なら来る奴もいねえ、邪魔も入らねえ」 「それは助けも入らない、ってことだけどねぇ?」 そう言うサナとチーの手にも、お弁当の巾着がぶら下がる。  三人の視線がしばし火花を散らし、やがて、揃って歩き出した。  遠ざかる少女達の背中に、思わず東小橋君が立ち上がった。 「桜子殿っ……!」 桜子は振り返り、少し寂しそうな目で微笑んだ。 「アズマ君……心配しないで。あたしは……きっと帰って来るから――……」 「……っ!」  桜子の言葉に、東小橋君はその後を追うことができず、三人が教室を出て扉が閉まると、ガンッとひとつ机を叩き、目を伏せ、黙り込んでしまう。その悲壮な姿にクラスメイト達は、何も問うことはできない。  その日からだった。桜子のクラスで、 「此花さんは何か強大な力から、学園の平和を守っているらしい」 という噂がまことしやかに語られるようになったのは――……  ********** 「あーん、だからあ、違うのよお……///」  お弁当を広げた中庭のベンチで、さっそく泣きの入っている桜子を囲み、 「ラーブラーブ! それ、ラーブラーブ!」 サナとチーがラブラブ音頭で手拍子を打っていた。  言うまでもなく土曜に目撃された、ショッピングモールでの遼太郎との“恋人ごっこ”の件である。サナもチーも訊きたくてウズウズしていたが、昼休みまで待ったのは友情、否、東小橋君ではないが武士の情けであった。  まあ、クラスの連中に聞かせられねえヤバさ、を懸念したのもある。  ひとしきり桜子が真っ赤な顔で演じる痴態を堪能すると、サナとチーはチラリと目を合わせた。 (わかってるな、チー?) (うん……相手は“あの”桜子、迂闊に突っ込むとこっちが萌え殺されかねない。慎重にいくよ?)  こくり、二人が頷き合う。  生か死か、命懸けの学校(サナチー)裁判、開廷――……!  まずは先鋒・サナが、軽くジャブを打つ。 「でさ、”恋人ゲーム“はどうなったんだ? ケーキ奢ってもらえたか」 「うん……スタバでフラペチーノとチーズケーキ奢ってもらっちゃった」 「おー、やったじゃん。あの後、一回も“お兄ちゃん”言わず?」 サナが訊くと、桜子は照れたように笑った。 「ううん、実はすぐに三回言っちゃって……でもお兄ちゃん、ケーキ奢ってくれたんだあ……///」 (て、お前、それゲーム関係なしに普通に奢ってもらってんじゃねーか)  サナはツッコミたい気持ちをぐっと押さえて、 「あー……桜子兄ちゃん、ああ見えて昔から優しいもんなー……」 そう言うと、桜子がウットリとした目で、“桜子ポーズ”を口元に当てた。 「うん……お兄ちゃん、いつだって桜子にすっごく優しいんだあ……///」  桜子の言葉と表情とポーズに、サナの方が赤くなった。 (なんつう顔してんだ。完全にノロケじゃねーか。つうかお前、今自分のこと“桜子(なまえ)呼び”しなかったか……?)  桜子の一人称は、基本“あたし”だ。そして当人は自覚していないが、遼太郎の前でだけ、ちょこちょこ自分を名前で呼ぶ。今はどうやら、遼太郎のことを考えていて、桜子の“妹”モードのスイッチが誤作動したらしい。  サナはチーを振り向くと、サッサッとハンドサインを送った。 (ワレ、キカンブニ、ヒダンセリ。イチジ、ゼンセンヲ、リダツスル) (リョウカイシタ。シュウイケイカイヲ、オコタルナ)  チーはニコニコと笑いながら、 (チッ。サナめ、不甲斐ない奴だ……) 人面獣心、腹の内で舌打ちする。 (とは言え、記憶を失った桜子は、前にも増してカワイイ。”桜子ゾーン“……下手に踏み込むと、こっちがヤラれる……) チーの目が、ギラリと光った。 (いや……むしろここは“速攻”ッ!)  “肉食系小動物”チーVS“自爆型殲滅兵器”桜子……激・突!  嬉しそうに“お兄ちゃん”のことを話す桜子に、乗る形でチーは、 「まー、確かに“桜子兄ちゃん”、すごくカッコ良くなってたもんねー」 「えー? そんなことないよう///」 「私もあんなお兄ちゃんだったら欲しいなー」 「もー、褒め過ぎだってばー」 チーの笑みが、ニヤリと広がるのをサナは見た。 「あれだけカッコ良かったら、桜子も“お兄ちゃん大好き”になるよねえ……?」 (仕掛けた……!)  サナはゴクリと息を飲む。チーは重ねて、 「そう言えば桜子、“恋人ゲーム”ノリノリだったもんねー?」 「そ、そんなことないよ。アレはお兄ちゃんが言うから仕方なく……」 「あれれえ? 私が見た時、きゅうって手とかつないじゃってたよ?」 (チーの奴、まさにラーテル……!)  ラーテル【イタチ科ラーテル属】、体重10キロ程度ながらライオンにさえ戦いを挑むという、ギネスブックに“世界一怖いもの知らずの動物”と登録される小型肉食獣である。 「あの時ってさー、マジにお兄ちゃんとチューしようとしてた……?」 攻勢肉食獣(プレデター)の前では、あわれ桜子は無防備な獲物でしかない。だが…… 「それは……もちろん、本気じゃなかった……よ?」  腰の前で指を組み、スンッという顔を作りながら頬を染める桜子の姿には、チーの方も無傷ではいられない。 (クソ可愛え! 一撃入れるごとに、こっちにもカウンターダメージ入るぅ!) これこそ桜子が“自爆型兵器”たる所以である。  反撃で手負いになったチー(ケモノ)は、焦って“桜子ゾーン”に踏み込んだ。 「て言うか、もしかしてさあ! 桜子が“記憶なくしてから会った、好きになった人”ってお兄ちゃんのことなんじゃないの?!」 (行きやがったあああっ?!)  出し抜けに直球を放ったチーに、サナは慌て、ハラハラとして二人の友人を交互に見る。もちろん、 「うええええっ?!」  サナ以上に慌てているのは図星を突くどころか、貫かれた桜子だ。 「そ、そ、そ、そんなわけないじゃん! だって、お兄ちゃんだよ?!」 「いーや! あれはゲームにしては二人ともラブラブ過ぎた!」 チーも懸命に食い下がる。  命懸けの学校(サナチー)裁判が加速する――……  言いわけ無用の顔の赤さで、桜子は…… 「異議あり!」 必死に裁判の逆転を試みる。 「あたしは妹、お兄ちゃんはお兄ちゃん! 兄妹で恋愛感情なんか持つわけがない!」 「それは違うよ!」 対するチーが、弾丸のような論破を仕掛ける。 「桜子は記憶をなくして、お兄ちゃんのことも忘れている! お兄ちゃんだってわからなければ、好きになってもおかしくない!」 「う……!」  桜子は言葉に詰まり、詰まったことが既に答えであった。  桜子の胸に、じわり、恐怖に似た感情が沁み込んできた。1406ad32-d5b2-4ba4-803e-a94eaf70bbd2
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