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【シスター・オブ・ザ・リング】
【シスター・オブ・ザ・リング(1/4)】
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28.桜子のプレゼント大作戦
セーラー服を夏服に衣替えした、ある日の夜。自室の桜子はノートパソコンでAmazonのサイトを開き、カチカチとマウスを鳴らしていた。
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サナとチーに“秘密”を打ち明けてから、しばらく桜子は、自分がお兄ちゃんに恋してることが学校中に知れ渡ることを、少し怖れていた。二人が親友とは言え、中学二年生の女子が、こんなに“面白い”こと、黙っていられるだろうかと。
けれどサナとチーは、決して秘密を漏らすことはなかった。桜子はものすごく嬉しく思うと同時に、親友を疑った自分がすごく恥ずかしかった。
それで桜子は、休日にサナ達と遊ぶ時に、一番大切な宝物を二人に見せることにした。あの日ショッピングモールで遼太郎に買ってもらった、キャスケット帽だ。
桜子が欲しくなった帽子を、さっとレジに持っていったエピソードを聞いて、サナとチーは少し顔をひきつらせた。
「桜子兄……あいつ、確実に桜子をオトしにきてるよな……」
「天然の“桜子孕ませ機”じゃねえか、リョータロー兄」
「“桜子孕ませ機”?!」
「やっぱ高校生の男子ってそんな感じなん? アタシそんなんされたら、たぶんイチコロかもしんない……」
「狙ってなさそーなのが怖いよねー。あの顔で、しれっとそういうことして、それが妹相手にとか……大丈夫、桜子? 気をしっかり持ってないと、マジ食われるよ、リョータロー兄に」
「食われる?!」
チーの言葉に目を丸くした桜子だが、指を組んで口元に当てると、
「お、お兄ちゃんがどうしてもって言うのなら、桜子ぉ……///」
言った途端、チョップと腹パンを頂いた。
「一人称、名前呼びになるな!」
「私が言うのも何だけど、ユル過ぎか、アホ!」
「で、でも、あたしこの前のお出掛けでしてもらってばっかしで、何もお返しできてないから、お兄ちゃんがあたしにして欲しいことなら……したいことなら、ふえへへへ……何だって、あたし、我慢できるよ……?」
今度は蹴りがぶち込まれた。
膝を追って崩れ落ちた桜子だが、確かに、暴走しがちな自分へ歯止めが、外注できるのは結構助かる。桜子は上目遣いにサナとチーを見つめ、
「二人とも、ありがとう。これからも、そうやって桜子のこと、ぶったり蹴ったりしてね……」
そう言うと、さすがの親友達も心情的に50メートルくらいドン引いた。
それでもサナとチーは友情の下に、けなげにも戻って来てくれる。
「まあ、“何されてもイイ”は置いといて、桜子兄に何かプレゼントするってのはどーだ? 帽子のお返しに」
「あ、それいいかも!」
桜子はぽんと胸の前で両手を合わせた。お兄ちゃんにプレゼントか……理由もなく急にあげたら戸惑わせるかもだけど、お返しってことならおかしくない。
「何にしよう……?」
まず、リボンを買うじゃない? それで服を脱ぐわけでしょ。そこへリボンをくるくるっと巻いて……
「生クリーム……」
「生クリーム? ケーキ焼くとか?」
思考が口から漏れていたと気づき、桜子はドキッとして赤くなった。
「う、うん、それもいいかなーって///」
サナとチーは、何となく「違うな」と思った。
桜子と別れ、スキップ気味に遠ざかるキャスケットを見送るサナが呟く。
「桜子、何にするんだろーな」
チーは人差し指を頬に当てて首を傾げ、
「そーだなー。まずリボン買うでしょ。それを頭に結んで」
「『お兄ちゃん、あたしがプレゼントだよっ』」
「『桜子のこと、好きにしていいよお……///』……ってか」
サナとチーが顔を見合わせる。
「なあ……桜子って“あんなん”だっけ……?」
「記憶なくしてること差っ引いても、私は違ったと思うな……」
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“あたしがプレゼント”もいいけれど、桜子が考えたのはアクセサリー……その中でも指輪だった。
“改造”の成果で遼太郎もこれから以前より服をかまうようになると思うけど、たぶんまだアクセまでは手が出ない……というか、考えもしないだろう。
長身で腕もすらっとしたお兄ちゃんには、シンプルな革のブレスレットなんかも似合うだろうけど、あの大きな手に指輪を着けると絶対にカッコイイと思う。
桜子はAmazonの検索に【メンズ リング】と打ち込み、商品を物色する。
(お兄ちゃんは男の子だし、あんまりジュエリー感のあるやつより、インディアンシルバー系っぽいのの方がいいかなあ……)
自分のアクセサリーには、今の桜子はあまり興味がないのに、遼太郎の物を選ぶとなるととても楽しいし、すごく迷う。
指輪のサイズは既に昨日の夜、
「そう言えば遊びに行った時も思ったんだけど、お兄ちゃんて手ぇ大きいよね。ちょっと測らせてよ」
「そのメジャーで?」
ごく自然にさりげなくゲットしてあった。
さて、プレゼントの候補を選んでいた桜子は、男物の指輪に、ステンレスやチタン素材のモノが多いことを知った。
(そっか、アクセって言っても貴金属である必要はないんだ)
ステンレス製のアクセサリーはカジュアルで、価格も手頃。傷も付きにくいし、遼太郎がそうかは知らないが金属アレルギーも起きにくいらしい。中でも桜子の興味を引いたのは……
(……タングステン?)
元素記号はW、原子番号は74。スウェーデン語で“重い石”という意味を持つタングステンは、主に工業用途のレアメタルで、その特徴は重いこと、熱に強いこと、そして何より“硬い”こと。
モース硬度は実に“9”、タングステンはダイヤモンドに次ぐ、地球上で二番目に硬い金属である。
プラチナに似た色味をしていて、傷つきにくく……というよりむしろ傷つけることが困難なので、いつまでも輝きが変わらず、近年ではアクセサリーの素材としても人気があるのだ……そうだ。
そこまで調べて、桜子は「これだ」と思った。アクセサリー以前に、“超硬金属素材”とか、
(お兄ちゃん……いや、男の子は絶対好きそうだし)
劣化に強い、値段もだいたい二千円前後だから、普段使いにぴったりだ。唯一欠点があるとすれば、丈夫過ぎて、もし抜けなくなったらエライことだが……
桜子は1時間ほどあーでもないこーでもないと悩み、男子高校生に相応しく、それでいてあまり子供っぽくないものをということで、
(メンズアクセって、何かちょっと“イキった感じ”の多いからなあ……)
幅広のシルバーで、真ん中にアワビの貝殻、その両側にウッドのラインが走った、ハワイアンジュエリー風のデザインに決めた。
値段は二千円せず、以前の桜子の貯めていたお小遣いでじゅうぶん買える。
(桜子、ちょっと使わせてもらうね?)
自分のお金じゃないようで少し気が引けるが、記憶がないせいか欲しいものがなくて普段はあまり使わないし、大好きなお兄ちゃんの物なんだから、きっと“桜子”も許してくれる……と思う。
(明日、コンビニでギフト券買ってこよう……)
お兄ちゃん、喜んでくれるかな? 今から何だか嬉しくて仕方なくて、桜子は忍び笑いをしながらノートパソコンをパタンと閉じた。
**********
注文して、次の日。
ポストに届いたゆうパックのリングは、小さなジップ袋に入っただけの簡易包装だったが、桜子は抜かりなく百円均一でラッピングを用意してある。桜子さんもAmazonさんも仕事が早い。
手のひらに乗せたタングステンリングは、見た目よりズシリとした。調べたところによれば、タングステンの比重は金とほぼ同じなのだそうだ。
(えへへ……お兄ちゃん、喜んでくれるかなあ……?)
学校からずっと楽しみしていた桜子は、もうすぐ帰って来るはずの遼太郎が待ちきれない。
急いで着替えて、指輪をラッピングしてポケットに入れて、桜子は玄関にぺたんとお尻を下ろした。桜子の頭には、言うまでもなくあの帽子が乗っかっている。
玄関を開くや、待ち構えていた桜子にギョッとする遼太郎を、
「お兄ちゃん、とにかくお兄ちゃんの部屋に行こう」
面食らわせたまま階段を押して上らせ、そのまま桜子はお兄ちゃんの部屋に雪崩れ込んだ。ワクワクが過ぎて、遼太郎の反応を気にする余裕はない。
帰宅ノータイムで椅子にぎしっと押し倒され、
「おい、桜子。いつもにも増して、今日は何なんだ、いったい……」
ちょっとムッとした遼太郎の鼻先に、
「お兄ちゃん、これ桜子からのプレゼントっ!」
白いリボンの掛かったロイヤルブルーの小箱の乗せた両手が差し出された。
面食らってたところにこれを重ねられ、遼太郎はポカンとした。
「何? どうしたの、これ?」
桜子は既にこの時点でかなり満足していて、
「この前、この帽子買ってもらったでしょー? そのお礼―!」
嬉しそうにそう言ったが……
「いや、待て待て」
遼太郎はちょっと渋い顔になって手を振った。
「あれはお前にたくさん服買ってもらったお礼だろ。お礼にお礼くれてどーすんだよ。連鎖が終わらねえじゃねーか」
桜子はきょとんとした顔をする。
「え? 服はあたしのお金で買ったんじゃないよ?」
「お前が好きなもん買ってもらえる金で買ってくれたんだから、お前が買ってくれたのと同じだよ。そんな気を遣われたら、逆にこっちが気を遣う」
遼太郎に言われ、桜子は慌てて首を振った。
「そんなの気にして欲しくないよ。桜子はただ、すっごく嬉しかったから、あたしもお兄ちゃんに何かしてあげたかっただけなんだから」
あたふたする桜子を見て、遼太郎も表情を緩めた。戸惑いはしたが、折角の妹の気持ちを否定するのは本意ではない。
「そうか……じゃあ、遠慮なくもらっとく。ありがとな、桜子」
「そうです。お兄ちゃんは気を遣うんじゃなくて、喜んでくれると、桜子は嬉しいのです。ねえ、開けてみて」
言われた遼太郎がプレゼントの包みを解くと……
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