【はじめまして、お兄ちゃん!】

5/6

7人が本棚に入れています
本棚に追加
/42ページ
4212763c-6ce5-4037-9b40-c9fd704fdb46【はじめまして、お兄ちゃん!(2/6)】  ********************  5.勇者桜子の冒険  金曜日。世の中は平日ラストであるが、ケガの大事を取って、桜子は今週いっぱい学校を休みにしている。  家族が揃ってるようなそうでもないような時間差の朝食を食べて、“お父さん”が朝早くに出勤し…… 「“おとーさん”、いってらっしゃーい(ニッコリ)  遼太郎が高校に行き…… 「お兄ちゃん……早く帰って来てね?(ウルッ)」 「お、おう……」  一度部屋に戻って、窓から前の道を黄色い帽子や学生服にセーラー服があくびをしながら通り過ぎるのを見下ろし、 (ふふふ。愚民ども、しっかり学んでくるがいい。桜子ちゃんはお休み~)  ひとしきり特権意識を満喫して、家のことを軽く片付けた“お母さん”がパートに出かけてしまうと、 「“おかーさん”、いってらっしゃーい(ニッコリ)  家はぽつんと寂しく静まり返って……否、桜子の天下である。  天下人・桜子はリビングでまだパジャマ姿のまま、二杯目のコーヒーをゆっくりと楽しむと、おもむろに立ち上がった。 「よし、探検しよう」 昨日帰宅した我が家であるが、記憶のない桜子にとって、初めて来た家である。邪魔する者のいない今、探検するのはしごく当たり前の成り行きであった。  まずは一階、キッチン。割と片付いていて、使いやすそうな感じだ。 (あ、圧力鍋がある。“おかーさん”、結構料理する人なんだな) 昨日の腕に縒りをかけてくれた唐揚げも美味しかった。洗剤とか、ソースのメーカーを見て、 (この家はここの使うんだな―) などと思ったが、自分の家のいつもの、という感じはやっぱりしなかった。  レンジを開けると、“おかーさん”が「お昼に食べなさい」と作っておいてくれたオムライスが入っていた。  ダイニングを通り抜け、奥はお風呂とトイレだ。  一応、トイレを開ける。まあ、見るべきものは特にない。 (けど……このトイレ、そう言えばお兄ちゃんも使うんだなあ)  ……いや、だから何だ? 桜子は無言でトイレのドアを閉めた。 (あたしってもしかすると、思考の流れがヘンタイ的かもしれない……) もしかして? かもしれない?  お風呂場を覗く。ちょっとお高めそうなシャンプーと、そうでないのと、スカッと系のがあって、消去法で“そうでない”のが自分が使っていたのだろう。こういう日常の何気ない香りなんかで、ふと記憶が戻ったりしそうな気もしたが、あいにくそんなことは起こってくれなかった。 (記憶、かあ……) もし記憶が戻ったら、あたしの遼太郎さんへのキモチはどうなるんだろう?  覚えていないから、初めて会った人だから、あたしは“お兄ちゃん”を好きになったわけだ。じゃあ、思い出しちゃったら、その時はやっぱりこのキモチは消えて、“フツウ”の兄と妹に戻ってしまうの……? 「そんなの……イヤだ……」  そう呟いて、桜子は我に返った。 (いやいやいや……それがフツウなんだから、それでいいんじゃないの?! このまま一生“超絶ブラコン変態妹”でいたって、花が咲いて実が出来るなんてこと、ゼッタイにありえない関係なんだから……っ)  花が咲いて実(あかちゃん)が出来る……?  桜子の右ストレートが桜子の右頬を打ち抜いた。 (やっぱり……あたしは一回死んだ方がいいかもしれない……) 洗面台の鏡を見ると、右頬を赤くして、泣きそうな顔の女の子がいた。 (あたし、記憶が戻って欲しいのかな……?) 鏡の中の女の子は困ったような顔をして、何も答えてくれなかった。  桜子はそっと手を伸ばし、洗面台の鏡の部分を開いた。 (赤いのがお母さんの歯ブラシで、ピンクのがあたしの……) 昨日お風呂上りに、お母さんが教えてくれた。桜子はそっと、青と緑の歯ブラシを手に取った。 (二択……) 桜子の左ストレートが青い歯ブラシを持ったまま桜子の左頬を打ち抜いた。 (お風呂場は、もうヤメよう……身が持たない……) 桜子は歯ブラシを元に戻して、ふらふらとお風呂から立ち去った。 (そうだ、今日は“お兄ちゃん”のシャンプー使ってみようかなあ///)  **********  チーン、電子レンジが鳴った。  ダイニングにオムライスを運ぶ。コップに麦茶を注いで、スプーンとケチャップを持ってもう一往復。いまだパジャマのままの、横着なお昼ごはんである。 「イタダキマース」 手を合わせてそう言って、ケチャップの蓋を開け、慎重に『りょうたろ(一文字分スペースが足りなかった)』とオムライスにしたためる。  静かなダイニングで、もぎゅもぎゅとオムライスを食べる。 (……萌え萌えきゅーん……) もぎゅもぎゅと食べる。自分がちょっと涙目になっているのがわかる。 (あたし、何で独りで“実兄”の名前書いたオムライス食ってんだ……?)  **********  腹ごしらえも済ませ、桜子は二階の探索に取り掛かる。  二階は四部屋。階段を上がった廊下を挟み、右側が桜子と遼太郎の部屋で、左は両親のスペースだ。 (廊下挟んだだけか……これじゃあ“おとーさん”と“おかーさん”がいる時、あたしかお兄ちゃんの部屋で“何か”あったら、“音”が聞こえちゃうよなあ。やっぱり“親がいない時”かなあ……)  桜子の右ストレートを、桜子は危うくかわした。 (“何か”って何だよ! “親がいない時”に“何”があるってんだ!) ちらっと、『りょうたろう』のネームプレートに目をやる。 (もうっ、“何”があるっていうんだよう///)  左手には殴られた。  何となく他人様の寝室を覗くような後ろめたさを感じつつ、左側ひとつめのドアを開けてみた。中は桜子と遼太郎の部屋より広めで、ベッドが二つと化粧台があるだけだ。仄かに化粧品の匂いがする。 (たぶん、“おとーさん”は寝るだけの部屋なんだろーな)  その隣は寝室が広い分だけ狭く、簡単な書斎になっていた。“おとーさん”は昨日も遅くに帰って来てたけど、帰宅してからもここで仕事をしたりするんだろうか。 (お仕事、お疲れ様でーす……) 今日帰ってきたら肩たたきくらいしてあげようかな、と桜子は思った。  “おとーさん”は背が高くてスラッとした、結構なイケオジだった。よく見るとかなり“お兄ちゃん”に似ている……あ、逆か。 (“おかーさん”、実は結構メンクイだな……ああ、あたしもか……) 実の兄にひと目惚れしたくらいだしな。  まあ、“おかーさん”も悪くはないんだけど、ちょっとぽっちゃりだもんな。 (ありゃあ、いわゆる“胃袋をつかんだ”ってやつかもね) 娘は母に対し、割と普通にヒドいことを考えた。  **********  桜子は部屋のベッドにぽすっと腰を下ろした。 (休―憩―ぃ) 休憩、ということは続きがある(・・・・・)ということに他ならない。  しかし静養中とは言え、昼を過ぎてもパジャマなのはいかがなものか。 (あたし、服ってどんなの持ってるんだろ。ちょっとチェックしとくか)  そこで桜子は、中二女子の禁断のタンスへ手を掛けた。 (うわ、結構ガーリーな感じだなあ) 桜子の持ち服は、年相応にTシャツやジーンズなどが多い中に、時折ゆるっふわっとしたのが混ざっている。いわゆる一張羅というやつなんだろう。 (ふうん、あたし、こういう感じが好みだったのか) 正直言うと、今の自分の服の好みとは、少し違う気がする。  細かな花柄のブラウスを手に取り、桜子は首を傾げる。はて、今の自分の服の好みってどんなのだっけ? (……お兄ちゃんって、どういう服が好みなんだろ? あー、でも、オタクぽいって言ってたから、女の子の服とかわかんないかな。アイドル系とか? もしかするとコスプレ的な方が喜んだりして……?) (……メイド服?) (……スク水?)  と、結局考えが遼太郎のことになってしまっていると気づき、桜子は赤面した。しかも結構なヘンタイ扱いである。  桜子は当初の目的を思い出し、慌てて下着類や靴下、ハンカチなどの入っているところを確認する。すると、下着の段の端っこに、 (ひあああっ、スク水ううううっ?!) 丸まっていたスクール水着を発見し、赤らめてた顔がさらに真っ赤になった。 (な、何で持ってんのよ、桜子お?! 自分のタンスから自分のアブナイ水着を発見するとか、どーゆーヘンタイ勇者なのさ! え、どういうこと、桜子? こんなもの、何に使ってたワケ?)  桜子はハッとして顔を上げた。 (まさか……これで“お兄ちゃん”に……?)  桜子は、さらにハッとした。 (あっ、学校のだ……!)  桜子は自らのスク水を握り締め、タンスの前に“orz”になって、5分間死にたい気持ちを噛み締めた。  スクール水着はきちんとたたまれ、元の場所に納められた。今年のプールの授業までさようなら……  **********  桜子は自己嫌悪に陥りながら、そそくさと着替えを済ませ、無理にも己を奮い立たせた。なぜなら、これから“大仕事”が待っているのです。  勇者桜子ちゃんは、我が家というお城を探索し、タンスからアブナイ水着を発見したわけです。桜子ちゃんは勇者でありますからして、魔王の城は隅々まで探索する義務があるのです。つまり残るは――…… (お兄ちゃん(まおう)の部屋ッ!)  次回、勇者桜子の冒険(ドキドキ編)、絶対見てくれよなっ!a53b2e68-d3a5-49c1-b849-68c7ed695f62
/42ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加