恋の仕方、忘れました

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気付けば時刻は夜の7時半を回っていた。 あの後結局あの空間に居づらくなって、お客のところへ行くからと事務所を出た。こういう時、外に出られる仕事でよかったと心から思う。 そのまま直帰しようとも思ったけれど、夜の事務所は人が少なくて仕事が捗るし、家に帰れば佑真さんのことを考えてしまいそうだからと再び会社に戻ってきた。 案の定、事務所には誰もいない───と思っていたけれど、まだ部屋の照明が消えていないことに気付いて落胆した。 けれど、事務所に入り、ひとり黙々と仕事に打ち込む人の姿を確認した瞬間安堵した。 だって、あれは社内で最も寡黙と言われている主任、一条(いちじょう) (つばさ)だったから。 「お疲れ様です」 「……つかれ」 挨拶は返ってきたけれど、こちらに視線さえ向けない彼は今日も声が小さい。まるで、必要最低限話しかけるなと壁を作られてるみたいだ。 いつものことだから気にならないけど、この人この愛想でよく営業の仕事が出来てるなって思う。 まぁ別に、顔は整ってる方だし?仕事も早いし、的確だし。スーツはいつも高そうなものしか着てないし、時計もいいやつ付けてるの知ってるし。 毎日欠かさずセットされてる黒髪ツーブロックも似合ってて、全体的に清潔感があるし。 この人は誰に対しても態度が変わらなくて平等で、上司の中でも郡抜いて信用出来る人ですけれども。 でも少しくらい、世間話とかして笑顔見せてくれたっていいのにって、何億回思ったことか。口にしたことは一度もないけど。
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