恋の仕方、忘れました

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その声の主は、誰のものかなんて考えなくてもすぐ分かる。 だってここには私と一条主任しかいないのだから。 「……分かってるって。…あー、うん」 主任が取引先とやり取りしている姿はいつも見ているけれど、私用の電話をしているところを見るのは初めてで、思わず立ち止まって彼を凝視していた。 だるそうではあるけれど、気の抜けたプライベートな主任の姿は、上司というよりただのイケメンだ。 いつもより人間味があって、とても興味深い。 「……るさ。もういいから寝てろよ」 意外……でもないけど、口が悪くなっている一条主任は、電話の相手に相当気を許しているのだろう。 寝てろってことは、彼女だろうか。そういえば同棲してる彼女がいるっていう噂を聞いたことがあったっけ。 まぁ、主任に彼女のひとりや二人いても何もおかしくない。 イケメンで恐らくお金も持っている彼を世の女が放っておくわけないんだから。 「なに、何か忘れもん?」 「……え?あ、いや、何でもないです。失礼します」 主任が電話を切った後も、ぼーっと突っ立ったままだった私を不思議に思ったのか、怪訝な目を向けられる。 はっと我に返って逃げるように事務所を後にして、今日はなかなかレアなものが見れたと、思わず顔が綻んだ。
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