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全く気配を感じなかった。それほど私はぼーっとしていたらしい。主任が珈琲を淹れられるくらい、結構な時間。
でもまさか、あの主任がこんなことしてくれるなんて驚きだ。
とりあえず、頂きます、と主任の手から珈琲を受け取る。
主任はそのまま自分の席に戻る……のかと思いきや、何故だか私の傍から離れない。
意味が分からなくて、思わず「主任?」と声を掛けると、綺麗な切れ長の目と視線が重なった。
「……お前、あそこ行ってたろ」
「あそこ…?」
「社長に何もされなかったか?」
「…あ、あそこですね。はい、行ってましたけど……何……も……」
どうやら“あそこ”というのは、私がさっきまでセクハラ攻撃を受けていた会社のことらしい。
外出する時はホワイトボードに行先を記すことになっているから、主任が知っていてもおかしくはない。
ただ言葉足らずなだけ。
彼の言っていることを理解して、反射的に何も無いと言いかけたけど、思わず口ごもってしまった。
今は嘘をつけるほど余裕がなかった。
「あそこの社長は癖が強いって有名だからな」
「……」
「他の社員と代わるか?」
「…いえ、私じゃないと契約解除するって言われてるので」
「…あのクソ、脅しか」
小さく舌打ちをした主任は、私の隣の席の椅子を引くとそこにどかりと腰掛けた。
主任、キレてる…?
彼のこんな姿を見るのは初めてかも。
失礼だけど、主任も人間の心を持っていたことに酷く驚いた。
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