シスターVS涙牙

8/8
46人が本棚に入れています
本棚に追加
/83ページ
銀太はバラバラになった和枝に近付く。 まだ辛うじてヒクヒクと動いていたが、自由に動ける様な状態には無い。 もはや肉塊である。 霊体である以上、生きているとは言えないだろう。もう大分前に死んでいるのだから——。 とはいえこれはどういう状況だ? 涙牙は霊体に物理的な攻撃が出来るにしても、中々エグい攻撃だった。 良く見れば、止まっている棘が細かく振動していた。 銀太はやっと気付く。 「うわっ! これまるで超音波カッターだな? こんなので斬られるとかゾッとするな」 高周波ブレードは空想の産物だが、超音波カッターは現実にお店に売っている。銀太も、その存在を知っていた。 銀太は首だけになった和枝に語り掛ける。 「残念だったな? 元々涙牙は俺が倒した怨霊だ。こっちの世界で、お前がパワーアップするように、涙牙も当然パワーアップした訳だ。お前みたいに、分かり易くデカくなったりはしなかったけどな。戦闘形態って感じか? いや、どっちかって言うと、本来に近い力に戻っただけか? 今までも多少形態を変えた事があるから、もっとお前に合わせて大きくでもなるのかと思ったのにな。——まあ今度は、お前の方がポカやらかした訳だ。現世でトドメを刺してりゃ、お前が勝ってたよ? 俺達の力を過大評価したんだろ? で、ダメ押しで、こっちの世界に引き込んだのが敗因だな」 「……。」 和枝は聞こえているのか、いないのか、何も答えず頭だけで荒く息するだけだった。もう答える力も無い。 首だけで肺などは無いから、人であった時の記憶から、苦しみを動きで表しているのだろう。いや、そもそも『生き』物ではもう大分前に無くなってるし。となると今までも息をしていたのか? そもそも酸素を必要とするのか? 物質化しているが生き物では無い。だが嘗ては人間であった。 コイツは今は一体今は何なんだろう? これでも霊体と言うのだろうか?  思わず涙牙を見る。 涙牙も一体なんなんだろ? 一応怨霊って石碑には書かれてたけど。 銀太は観察し考察する。ジャーナリズムである! 銀太は深く考察し、高速で脳内に考えを巡らすが—— 「まあ良いや」 良く分からなかった。 「さてどうするかな? このままでも放っときゃ消滅するのか? まさか再生はしないだろうな?」 と考えていると、腰の辺りに懐かしい重みが!?  見ると事務所の床に転がっている筈のニコマートが有った。 襷掛けに肩から掛けられていた。 霊力が宿っているとはいえ、ニコマートがテレポートして来るなんて事も無いだろう? 涙牙はそこまでは気が利かない? とすると—— 「シゲルさんか!」 シゲルさんは銀太の事務所に住み着いている、元工場長の地縛霊だ。 気を利かせて届けてくれたようだ。 「ありがとうシゲルさんっ! さてと、芳賀和枝これがお前の最後の肖像写真(ポートレート)だ。最後くらい笑えよ?」 銀太はファインダーを左目で覗きながら、ニコマートを和枝に向け言った。 その時——!? 和枝の切断された身体がムクムクと動き出す。 「おいっ! くっ付くのか? まさかくっ付くのか!!? 此処から!」 涙牙を見れば、あの棘が消えていた。 気が抜けたように、いつもは本体部分に閉まっている食指をダラリと垂らして浮いていた。見ようによっては、あしたのジョーのノーガード戦法に見えなくもなく無い!! 完全にもう終了してるよ! ヤバイッ!? こっちの世界だからか、パワーの消耗が現世よりかなり少ない事で、忘れていた。消えてこそいないが、完全にパワーダウンしてる!!? 今は普通の涙牙だ。元に戻ってる。 これは俺、死ぬな……。 銀太は焦ったが 違った。 切れた身体の中から、和枝に喰われた藤本達4人が出て来たのだ。 「ああ、びっくりしたぁ! なんだ、あんたら生きてたのか? いや、もう死んでるか? あははは」 取り越し苦労の不安から脱した銀太は、ゆるゆるだった。 「ああ、お前にも迷惑掛けたな。リカをありがとう」 藤本が言った。 「いや。——って、あれ?」 銀太はおかしな事に気付く。 そういや声が聞こえてる。 藤本の声は公園の時から聞こえてたけど、姿は見えはしなかった。 今は肉眼でも見えてる。他の霊も? つか左目が見える。 この世界だからか? 涙牙もパワーアップしたし、なんてご都合ワールドなんだ。 「どうした?」 「いや。あなたは藤本潤で、そっちは矢上真。で、残り2人が勝俣恒夫と兄の薫か? あんた達どうすんの? 悪霊では無いなら、元だろうがまだ犯罪者だろうが、俺にはどうでも良い。もう悪い事はしないだろ?」 「悪霊ならどうなるんだ?」 「えーとぉ?(誰?)」 「勝俣だ」  「勝俣さんの方ね? このカメラで撮って浄化する。つまり消滅させる。和枝は消滅させて貰うよ。さすがにコレを見逃す訳にはいかないからね。問題ないだろ? さっき戦ってたし」 「ああ。だが1つ頼みがある。俺も一緒に消してくれ」 「良いの? あんた奥さんがまだ現世にいるんだろ? 死んだら会えるかもよ? 別に悪さしないなら見逃すぜ? さっき戦ってたのも見たし。生きてる時も、それなりに苦しんだんだろう?」 「そうだな。だが、やはり和枝と一緒に消してくれ」 「まあ、あなたそれを望むなら、もう止めないけど」 「悪いが、俺も頼む」 「えっと、薫さんの方ね? あなたも良いの?」 「ああ。こんなになったのも俺の所為だし。妹をもうこれ以上1人で苦しめておく訳には行かない。全部こいつに背負わせてしまった。妻には悪いが、罪を背負って存在し続けるより、消えてしまった方がずっと楽だ。ずるいやり方かもしれないが……。」 そう言って藤本達を見て言った。 「——お前らは昇って行け。どこに行くのかは、分からないがな。お前らにも迷惑を掛けたな」 「そうさせて貰う。俺達はやっとこの呪縛から解放される。行こう真」 「うん」 そう真が答えると、2人は天に向かい昇って言った。高く高く昇って消えた。 「ところで、赤ん坊達は? 赤ん坊の霊はどこに居るんだ?」 「遺骨と一緒にいる筈だが、和枝の力が消えるから、今の2人の様に解き放たれるだろう」 「そうか。どこに行くかは分からなみたいだけど、まあ良い方向には向かってんだろう。さて、じゃあ2人は和枝さんの横に並んで。ポートレートではなく、家族写真だな。うん10年ぶりの。じゃあ、撮るよ?」 勝俣と薫は和枝の頭の両脇に立った。 さすがに笑顔では無かった。 銀太はニコマートを3人に向けて構えて、シャッターを切った。 ——カシャン! ミラーが上がりブラックアウトする瞬間、和枝が笑った様に見えた。 カメラから目を離すともうそこには、誰も居なかった。 ただ不気味な空っぽの薄紫の空間が静かに広がっていた。
/83ページ

最初のコメントを投稿しよう!