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4.佑一郎
携帯電話のメッセージを開いて、佑一郎は目を疑った。
同じ会社で働く同僚の女性から。
恋人と言うような間柄ではない。何故なら、会うのはホテル、解散もホテル。
彼女は、性に対して非常に奔放な女性だった。
もともとあまり話したこともなく、ただの同僚だった佑一郎に初めて来たメールは、「依田くん、セフレいる?」だった。
その頃、特定の相手もいなかった佑一郎が、うっかり緩い返事を返信してしまったのが関係の始まりだった。
その彼女が、おかしなことを言ってきた。
佑一郎はもう一度メッセージを読み返し、見間違いじゃないことを確認してから返信する。
(何、どうしたの)
(一回行ってみたかったんだよね。予定がなかったらつき合ってくれない?)
ハプニングバーに行きたいと言う。
佑一郎は、人並みの性欲だと自分では思っている。
彼女はおそらく、佑一郎よりもかなり強い。
見ず知らずの他人とハプニングがあっても平気な客ばかりが集まる場所に、セフレを誘う。
見た目に関しては、中の上、と自分で言うだけあってなかなかの美人、声をかけられることも少なくない。しかし特定の相手は作らない主義で、佑一郎の他にもセフレがいるとかいないとか。
佑一郎としても、ひと月に2~3回会う彼女とのタイミングで事足りていた。
しかし、お互いに忙しい繁忙期、プライベートで会うのは実に一ヶ月ぶりだった。
ハプニングバーについて詳しく知らない佑一郎は、再び深く考えずメッセージにOKの返事を返した。
退社後、近くのカフェで待ち合わせをした。
雨が降っていたけれど傘が無いので、店まで走る。
一番奥の席でスマホを見つめている彼女。佑一郎が来たことに気付く様子がないのはいつものことだった。
「円伽」
佑一郎が声をかけると、円伽は液晶画面からぱっと顔を上げた。
「佑くん」
思えばカフェで待ち合わせするのは初めてかもしれない。このあと向かう場所のことは頭の隅に追いやって、佑一郎は彼女の向かい側に腰を下ろした。
佑一郎が女性店員に珈琲を頼み終えるのを待って、円伽はそそくさと携帯の画面を上に向けてテーブルの真ん中に置いた。
「ここなんだけど」
黒い画面に金色の文字。
「CAVEME」という綴りの下に、カヴェルヌと書いてある。フランス語のようだった。
下に画面をスワイプすると、オープン時間だけが書かれている。
「ちょうど今日、イベントの日なんだって」
「イベント?」
「マスカレードナイトだって」
次のページには、羽目を外した男と女のぎりぎりの写真が載っていた。
ちらりと円伽を盗み見ると、真顔で佑一郎の反応を待っている。
佑一郎が作り笑顔で生返事をして携帯を返すと、円伽は小首を傾げた。
「佑くん、行きたくない?」
「あ・・・いや、慣れてないだけ」
「なんかごめんね。どうしても行ってみたかったんだ。初めてがひとりっていうのはちょっと怖くて」
謝ったかと思いきや、円伽はイベントの内容を話し始めた。
円伽とのセックスはいたって普通なのだが、それよりも彼女の興味は別のところにあるようで、男性の身体がどう感じるのか、女性の感じるエクスタシーとどう違うのか、さらに男性同士でのセックスがどうなのか、非常に好奇心旺盛だった。
比べられないからそれを聞かれても困る、と毎回佑一郎は答える。
しかし彼女のおかげで、忘れかけた記憶が顔を出してきたことは、黙っていた。
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