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無理矢理な行為について
触れている部分があります
気がつけばもう一発殴っていた。
「そうか。お前、多香子を…俺を傷つける為の道具にしたんだな」
『だいじょぉぶ。わたし、の…いえ…』
『すぐに綺麗にするから』
『紅大は、傷つかなくていい』
『傷つけて、ごめんなさい!』
手に入れたあの日の全部と彼女の気持ちに力が抜け、だらしなく座り込む。
襲われながら気がついて?
それを分からせない為に抵抗を止めて?
それでも噛み跡をつけられたから『家に帰る』か、『見せるつもりなかった』か。
どれだけ怖かったんだろう。
どれだけ叫んだんだろう。
どれだけ痛かったんだろう。
あんなに震えて、喉なんてなくなってしまったのかと思うぐらい掠れた声で。血が出るほど、無理に触られて。
それでも、彼女の中は俺でいっぱいだった。
それは、俺と付き合わなかったら…経験しなかったという事と同等に思えた。
クソ野郎の過去。酷い扱いをしてきた女性の辛さを全部まとめて、彼女が引き受けてしまったんじゃないだろうか。乱暴にしてきたわけじゃないけれど、精神的には…きっと同じ様な事をしてきた自分のせい。
言い合いになった日。
クソ餓鬼からの好意をはっきり宣言されてから抑えられなかった苛立ちが爆発した。心配だったのは本当だ。ただ何か言いかけた彼女を遮ってまで話始める、八つ当たりに近い態度だった自分のせい。
「最悪だ…。最低で、最悪で…1番効果的だったな。良かったなぁ?こんな俺が見れて。満足した?」
情けない鼻にかかった声だ。
殴られた勢いで床に伏せたままだった奴は、ちょうど目の前に転がっていた小さな何かを拾い…泣き始めていた。
「あ……つけて、くれてたんだ…っ、気が、
つかなかった…っ!」
「なんだよ…」
「クリスマスあげた、ヘアピンについてた…カタバミ。多分床に倒したときに飾りだけ外れて…」
「母の優しさ」
床に吐息を吹きかけるように那古が呟く。
ぽつんと小さく咲いている花を表すような、儚いくせにあったかい言葉。
「僕はさ、母親ってすごいと思ってるよ?自分の親にももちろん感謝してる。でもさ、自己犠牲っていう表現もできる一部分が…あるんじゃないかなって思ったりもするよ」
「悪い。何の話だ?」
「カタバミって、小さくて黄色い花だよね?」
「多香ちゃんにぴったりって、渡した。四つ葉のクローバーに葉っぱが似てるから。いつも幸せの近くにいそうな、女の子だから」
「『母の優しさ』花言葉だよ。なんでもかんでも受け入れて、許してくれちゃいそうな彼女にぴったりだね。あの日だってきっといろいろ考えて、自分を犠牲にするみたいに…相当思い詰めただろうね。葵?僕が駆け込んだ時『葵のためにもならない』って多香子が言ってたよ?聞こえてた?ちゃんと…ちゃんと、聞こえてた?!普通言えないよ?好きでもない奴のモノをさぁ、無理矢理突っ込まれる直前も直前に加害者の心配なんて…っ!葵はちゃんと!ずっと!彼女の事、好きだったじゃないか!周りから見たらすぐ分かるぐらいに…好きだったじゃないか!!だから僕もずっと、彼女を愛すなら葵と一緒にだと思って疑わなかったんだよ!!今はそれだけが愛し方じゃないって、気づいたけど…それも、多香子のおかげだ…」
大の男3人が、小さな花のとんでもない威力を前に力が抜けた。張り詰めていた空気までもが弛んだような室内だった。
「そのヘアピン。彼女の家の大切な物を集めて置く場所にあった。俺に捨てられそうになるから、必死に隠してたよ」
「そうか、僕…多香ちゃんの事、好きなんだ。『怖い』って、『やめて』って何度もお願いされたのに…どうしてやめてあげられなかったんだろう…」
「今更…っ!お前なぁ…!」
長身を限界まで丸め、小さな花を握りしめた手は震え、謝罪の言葉を口にし弱っていく姿を…恐ろしく冷めた感情で眺めていた。
大嫌いなこいつみたいに。
自分のせいだと責めて弱っている場合じゃない。こいつがした事なんかに奪われてたまるか。しっかりしろ。
落ち込んでいた気持ちを無理矢理煽る。
たまにこっちを驚かせる、とんでもない事をやってくれる人だ。放っておいたらどんどん離れて行ってしまう。
一瞬で振り返る、出会ってから今までの事。
『先生くらい格好良かったら恋人が絶えないのは納得だなって思ったんですけど』
他人事のように、俺の事を言った顔。今ではその表情が彼女の顔にずっと居座り、まるで昔の自分のように…過ぎていく時間をひとりで眺め続けている。
『もし先生が、大切な恋人を他の男の人に無理矢理奪われたとしたらどうしますか?』
心の底から好きな相手に出会ったクソ野郎。その時の答え通り、未遂とはいえ奪った相手にわざわざ話を聞きにきた自分。
『そういうお前は?恋人以外の男に無理矢理襲われたら?』
『私は…恋人から離れると思います』
実際に離れようとしていた。
何が離れる、だ。
吹っ切れたクソ野郎舐めんなよ。
『離さない』
あの日の言葉を、現実にしてやる。
「ごめん。そろそろこれ以上は僕に免じて許して。責任持って面倒見るから」
「あんな事しても見捨てない兄貴と…多香子が居て、良かったな。俺だけは許さない。初対面から大嫌いだ。ひとりだった自分と同じ目をしたお前なんて」
全部欲しい。良い事も悪い事も。
欲張りが移ったか?
でももう決めた。
欲しがってるだけじゃ駄目だ。
全部を貰う。貰いに行く。
「今彼女はどうしてるの?」
「仕事行くってどうしても聞かなくて…送ってきたところ」
あの日は2日前。昨日は休みが一緒だったからそのまま俺の家に一緒に居られた。
今日ももちろん出勤は止めた。かなり止めた。けれど聞き分けてはくれなかった。
ひとりでは出歩けないから会社まで送り届けた時に運悪く…いや、運良くなのか木田さんと遭遇していた。
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