カタバミの愛し方(※)

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職場の出入り口まで着いていく為に車を少し離れた所に停め、ゆっくり歩いて向かっている時だった。 急に立ち止まった彼女が、背中に隠れるように近寄ってきた。片手は俺の上着を握りしめて。 「どうした?」 車内ではそれなりに会話は出来ていた。発作のような突然のフラッシュバックが起こったか?声が出なくなったか?口元の傷を隠すマスクをしているし俯きがちで表情が分からない。 正面から異常な視線を感じ、背後に向けていた意識を会社の入り口の方へ直すとそこには、ちょうど社内に入ろうとしていた木田さんがいた。 恐らく彼女がいつもと様子が酷く違うというのには、それはもう、すぐ気がついただろう。俺を見下ろし…軽蔑に近い視線を寄越しながら目の前まで来られた。 脳内で何回も殺されてる。 しかも酷いやり方で。 そんな想像をさせる目と、体の動きだった。 「多香子」 上着を握る手の力が強まった。 『多香子さん』という違和感のある呼び方だったはすなのに、何故か敬称が外れている。 「あなた…一体、何を、したんです?」 やはりこの人にも『叱られる』…か。 歯を食い縛った所で、隠れていた体が必死に首を振りながら庇うように飛び出てきた。 「とりあえず今お前はどうでもいい」 激しめに変わった口調。 彼に促されて入り口へ歩き始めた不安そうな小さい体が戻って来て、見送っていた俺の手を取ると掌をゆっくり指でなぞる。 『ま』 『た』 『あ』 『え』 『る』 『?』 あの日までの日常生活を送りたい気持ちが強いようで、出社もかなり止めたが頑なに拒まれた。仕事が終わったら今までの様に…自分の家に帰ろうとしてるのか。 そんな不安そうな顔してるのに、ひとりになんて出来ない。させない。 「終わる頃に迎えに来るよ。俺の家に、一緒に帰ろう。待ってて」 ほんの少しだけ、笑った目をくれたと思う。 「そろそろ我慢が切れそう」 再び近寄ってきた木田さんに言われ、名残惜しげに手が離れていってしまった。 「近々お話、よろしいですね?」 ああ、今また殺された。 「仕事が終わったらすぐ迎えに行ってやりたくて、朝から悪かった」 目の前には、なかなか表現しづらい立場の親友。 好きなのに自分の癖と向き合った結果、身を引いて託した女性。 『僕とキミとあともうひとりは葵だよ』 当然のように3人で一緒にデキる考えが浮かぶ程に仲の良い弟に、襲われた。 「()。そっちは任せた」 気持ち悪がられるような視線を寄越された。俺だって気持ち悪いよ。 でもこれからの日常生活、ふとした会話の中、颯のつもりで『那古』と呼べば関連して弟の事を彼女が思い出す可能性がある。それは避けたい。 10年以上の付き合い。今更『お前の事名前で呼ぶから』なんていう会話はこっぱずかしい。察しのいいお前なら分かるはずだ。分からなくても察してくれ。頼む。 視線だけがしばらく絡み、響く長いため息。 「ありがとう。紅大(・・)
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