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図ったわけではないのにどうしてかタイミングが合う、という人は存在する。僕の場合は多香ちゃんがそうだった。
年末。知らない男に声を掛けられて泣きそうに困っていた。そういう場面に出くわすと格好いい所を見せる為のチャンスみたいで。いつの間にか出くわす事を、楽しみにしていた自分がいた。
きっと僕達、端から見たら仲良し姉弟だよね。
広場で抱き締めて、手を繋いで家まで送る。最高に気分が良かった。
なのに。
触れるのを控えたいと言われて、最高の気持ちは反対側へ、バタン。
高校の時に言われた事がある。
『葵はシーソーだね』
『どうゆうこと?』
『機嫌があっちにバタン!こっちにバタン!って振れる力が強い。一緒に遊んでるとお尻がすぐ痛くなっちゃうよ、ちゃんと加減して!』
『えー嫌だよ』
後々颯とも仲良くなるわけで、じゃあ兄は一体何なのかと聞いた事があった。
『ジャングルジムのてっぺんにいる』
『なんか分かるかも』
『ひとりで高見の見物してる感じ。腹が立つよね?』
兄の事を独特な表現で罵るから笑いだしてしまった。そんな風に颯の事を言う人なんか初めてだった。
『でもね?ちゃんと葵のシーソーと同じ公園内のジャングルジムだよ。ずっと見守ってくれてる。兄弟っていいなぁ』
うん。知ってるよ。劣等感もあるけれど、自慢でもある兄なんだ。
彼女が羨ましく思ってくれるのなら、たまに投げ出してしまいそうな兄弟の血ってやつも悪くないか。あ、じゃあ多香ちゃんもその中に入ればいいんだよ。そうだよ。
滑り台かな。
まず階段を登って、視線の高さが同じくらいになったジャングルジムのてっぺんにいる颯に声を掛けて、そのまま滑り下りて僕のシーソーの所まで来てくれたらいい。何にも考えずそれをずっと繰り返してくれたら、いい。
すごくいい。
那古 兄多香弟 公園だ。
あんな奴とじゃなくて、僕と一緒にいようよ。
優しいその雰囲気で、ころころ変わる表情で、兄とは似てない外見も内面も厄介に思える機嫌の移り変わりもまるごと受け止めてよ。
ずっと公園で一緒にいたかった。
兄多香弟だけが入れるそこで、これからもただひたすら変わらない日常を楽しんでいたかった。
どうせ顔だけがいい男だよ。
だって見る度多香ちゃんは苦しそうだった。クリスマスパーティーだって、年末だって、図書館に行った時だって。
そんな奴ほっといて僕を見て。
姉を取られたくないと信じていた自分には、それが本当はどんな気持ちか考えた事がなかった。考えようとも、していなかった。
あの同窓会で全ては打ち砕かれる。
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