境界線の先

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「彼女の為なら使えるものはなんでも使います」 例え普通とはズレたとんでもない父親でも使う。こういうタイミングで出会えた事は、幸運だ。 「『茅香』って呼ぶのは母親を重ねて見てるからだ」 「なるほど」 「おいおい、納得すんのかよ」 「そうだろうなと思っていたので」 「あいつの受け答えによっては、娘を『茅香子』だと思って…抱ける父親だ。大好きな奥さんにそっくりなんでね。それでもか?」 「それでも、あなたです」 弱さにも聞こえる内容を初対面の男に話せる、なんでも受け入れてくれそうでなんでも知り尽くしていそうな…彼女に血を分け与えた、あなたです。 ところで抱けるっていうのは冗談ですよね?この人なら本気でやりそうな気もするけど。 「本人に申し込んでから『娘さんをください』じゃねぇの?」 「状況が状況なので。娘さんは俺が貰います。よろしくお願いします」 「あいつに普通に申し込む奴はいねぇのか?なんで俺が先に宣言されるんだよ」 「他に申し込んでいる人がいるんですか?」 「…普通じゃない父親の娘には、普通じゃない男しか来ねぇか」 合意にも取れる言葉と視線を貰う。 「そういう事だったらきっちり同棲とするのは年明けからにしとけ。状況は泊まってる今とほぼ変わらなくても…名目上の区切りはデカい。すぐに始めると茅香が落ち着かない」 「はい」 「年末は茅香の家に俺が泊まり込んでやるよ。木田との事はどこまで聞いてる?」 「家族同然の人、となら。あと木田さんからの好意がある事は知っています」 「そうか」 言うかどうか悩んだような間は一瞬だった。 「茅香には期限がある。このまま独身なら、その内木田と結婚させられるぞ」 「…はい?」 「『私が1度結婚した年齢まで娘さんが独身なら、貰います。誕生日の当日に』。木田はバツイチだ。結婚したと思ったらすぐ別れて、俺に言ってきた。あいつは茅香の同意がなくても本当に行動するぞ?独身のままなら当日の朝は役所の前で開庁を待つだろうよ」 「本人は知っているんですか?」 「ずっと知らなかった。ちょうど誕生日の前頃から様子がおかしかったから、聞いたんじゃねぇか?」 こんな場所で彼女が抱えていた悩みに辿り着いた。ソファに思わず背中を預ける。 なんだそれ。言えよ。 いや…言えなかった、か。 『あのね!実は…私!木』 木田さんと。 そう続けられただろう必死な言葉を遮ったのは、俺じゃないか。 「父親としては、いいんですか?」 「まあ…その日までに好き合う可能性だってあるからな、今はお前がいるけど。当時は茅香は小さすぎたし、期限までかなり期間があったから、木田が勇み足にならないように名前の制限をかけただけ。もしフリーのままで間際になった時はどうしてやろうかなとは考えてた」 「ちなみにその年齢っていうのは」 じっと、また試されているような視線。この人は意識して使っているんだろうか。さっきのとは全く違う、上に立つ者の視線で斜めに笑った。 「それを聞いて、お前の行動とスピードは何か変わるのか?」 試された。こんな関係が続きそうな予感がして不謹慎にもわくわくする。会話が楽しい。こんな人と関われる事が、まだ予定だけど義理であれ息子になれる事が、光栄だ。 「いえ、変わりません。やっぱり聞きません」 「まぁ…次の誕生日じゃないからしばらくは安心しろ」 安心なんか出来やしない。 やはり話は最短で進めなければ。
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