境界線の先

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濃くて長い会話のせいで喉が乾いてきた。父親と話す事に対する緊張ももちろんあったと思う。一旦話が落ち着き、それを実感すると共にいろいろな疲労も一気に押し寄せてくる。 「それにしても茅香が同棲か…まだ言ってはないんだよな?」 「もう少しだけ様子が落ち着いてから切り出そうかと」 「断られたら笑ってやるよ。ああ、調理中にいちゃつきに行くのはやめとけよ?」 「本人から聞いてます」 「俺のせいなんだ。悪ぃな、楽しみ奪っちまって」 …ほんと、なんてことしてくれたんだ。 「何をしたんです?」 「茅香にじゃねぇよ?茅香子にだ。あいつがまだちっせぇ時にな、飯作ってた茅香子をちょっとまさぐってたら指を切っちまって。深くなかったけど派手に血が出てな。それを見た茅香が失神して…それ以来俺が台所に近づこうとするだけで泣き喚きやがって」 思い出したのか、チッと歪んだ顔で本気の舌打ち。 「デカくなって自分が料理する時も駄目でな、せっかく腰でも抱いてやろうかと思って近寄った時も酷い反撃くらった」 調理中にちょっかいかけるなと言ってきた理由が分かった事よりも、父親が娘に何しに行っているのか、の方が気になった。 腰を抱きに?娘の? 「悠一郎さん」 「あ?」 「キッチンでコーヒーを淹れている時は大丈夫でしたよ」 疲労もあってか、恋人の父親とする正しい会話というものがもう分からなくなってきた。他の男にだったら想像もされたくないから絶対言わない様な事が、弛んだ思考で口からさらりと溢れる。 今の話だと包丁を使っていない時なら全般大丈夫な気がするけど、試してみて駄目だったら嫌だしな…と考えているといつの間にか、吊り目から睨みを食らっていた。 まずい。調子に乗りすぎたか? 「おい」 「すみません」 「お前すました顔していけるクチか」 「…はい?」 「詳しく教えろ。どこまでなら大丈夫だ?」 睨まれていたのではなく、真剣な表情なだけだったみたいだ。しかしそれを聞いてどうするつもりなんだろう、この父親。
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