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体内時計の進みがゆっくり。
そんな表現がしっくりくる、ぼんやりした時間を過ごす事がほとんどになってしまった彼女だった。
あの日から2週間。
日にちの感覚というものも薄れてしまったようで、通常の時計の進みについていけていない。ただただ、過ぎる日々を流れ作業の様に受け流しているだけ。
日常生活も会話もある程度出来るけど、ゆっくり。思考回路までそういう呪いの魔法にかかったようにゆっくり。後遺症は他にもまだまだ各所に残っている。
そんな状態でひとり暮らしの家に帰せるはずもなく、うちに泊まっている彼女を朝は会社まで送って、自分の職場へ。
終わればそのまま迎えに行って連れ帰る。
彼女が休みで俺が仕事の場合は、そのまま部屋でずっとひとりで過ごしているようだった。
そんな繰り返しの間に俺の誕生日もあったけど、楽しみにしていたごちそうとケーキも、過ぎていく毎日に流されてしまいもちろん叶わなかった。
「年末の話をしたいんだけど、一緒に座っていい?」
頷くのを待ってから距離をとって同じソファに座り、コーヒーを入れたカップを渡した。
「本当は去年より家の都合を減らしてもらえるようにしてたんだけど、やっぱり…ちゃんとやるべき事はやろうと思って」
いつもなら返事があるタイミングでも、今は無い事の方が多い。
「また実家に泊まり込んでくる。多香子も、来週からは自分の家に帰る事になる」
「また…会えなくなる?」
カップのコーヒーに吹き掛けるような、小さな声だった。
「今年は短い時間でも、毎日会いに行くよ」
反応はない。
「本当はもう家なんか捨てて、こうやってずっと一緒に居ようと思ってた」
でもふたりのこれからを考えると短絡的に見えたから捨てるのやめたんだ。と続けようとしたのに、頬に手が添えられた。
驚いて横を見ると、時計の進みが元に戻ったようなしっかりした表情、じっと見つめてくる瞳。久しぶりに見た本来の彼女の姿だった。
「露利は捨てたら駄目だよ。露利で生まれてきたからこそ…」
やっぱり、好きだな。
自分が大変な時でも俺の周りの事まで大切にしてくれる言葉はこの先もずっと、胸に残って離れない。
「大丈夫。やめないよ」
安心したのか胸を撫で下ろし、力が抜けたと同時に再び時計の針が鈍る。
「これから先のふたりの事を考えて…こんな時に離れておく答えになった。でも、やっぱり寂しいものは寂しい」
反応はない。
「だから、ご褒美が欲しい。今『うちに泊まっている』状態を…正式に同棲にしたい。一緒に住んで欲しい」
「お断りします」
片深父子特有の豹変が返ってきた。
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