境界線の先

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鋭い目。 鈍い反応と、豹変と。こんなに上がり下がりのある日は2週間で初めての事だった。それほどに彼女の中を揺さぶる話題に、口元の傷を思い出して気合いを入れ直す。 「理由を聞かせて」 「あの事を…自分のせいだって責任を感じてそういう結果になったんだよね?だからだよ。そろそろ家に帰らなきゃとも思ってたし。ずっとお邪魔してるわけにも…いかないから」 自分の譲れない意見を口にした後すぐにまた時間の進みが遅くなった。実際には聞こえてこない、普段言いそうな返答を想像しながら話す。 「そうじゃない。例えば…多香子が帰った後、使ってたコップを片付ける時」 『え?』 「帰ったばかりの時は空気に残る漂う匂い」 『私、そんなに匂ってるかな?』 「ソファに座ってる残像が見えた時」 『特別な座り方なんてしてないよ?』 「キッチンで料理をするエプロン姿」 『エプロン、好きだね』 「幸せそうな寝顔。腕に、体に感じる重み」 『ごめん、重かった?』 「ベッドなんか最悪だ、匂いやらいろいろ残ってて地獄だよ」 きっと恥ずかしげに顔が赤くなってたはず。 「付き合い始めてから…ひとりが寂しいって、こういうことかって初めて分かった。何日も一緒に生活したのに今更離れて暮らすなんて困る、俺が困る。年末は離れる事になるんだけど…それは、これからのふたりの為の準備期間。頑張ってくるよ。俺の寂しさを埋める為に、俺の為に、一緒に住んで欲しい」 心臓の音が聞こえて、緊張しているのがバレてしまいそうな程ずっと静かなひとり語りだった。これを断られたら、わざわざこんなタイミングで離れる状況に恐らくお互い耐えられない。 「またズルい言い方」 「勝手に荷物を運びいれてやろうかと思ってたくらいなんだ」 それにズルい言い方でもしないと、逃げるのは誰だ。 「一緒に住んで、いいの?」 反応が続いている。しかも良い返事の風向き。 「むしろこっちからお願いしてる」 「私でも、紅大の為に、なる?甘やかしすぎじゃない?」 「なる。多香子じゃないと駄目。初めてこんなに一緒にいたいと思えた人なんだから、いいだろ甘やかしたって。あと、ここの鍵を持ってる事忘れてるだろ?俺は中途半端な気持ちでそれを渡す男だと思われてるの?」
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