境界線の先

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渡しておいて良かった。 傷つくよりも前に、ずっと一緒にいたいと考えていた事の証明になればいい。渡した時点では中途半端なぼんやりとした気持ちでも彼女なら…そのぼんやりに、きっと気づいてくれているはず。鈍感な彼女。はっきり言葉にしないと分かってくれない時もあるけど…『おかえりなさい』とあの時出迎えてくれた事がそう思わせてくれる。 誰も入らせず、入らせるつもりもなかったひとりぼっちが染み付いたような部屋。唯一安らげた場所。そこにいつでも入れる権利を表す鍵。年明けに家族の様に出迎えてくれてからは1度も使ってくれてはいないそれをまた、彼女が使う日は…まだまだひとりで出歩けなさそうな今の状態では先の話だろうけど。 「思った事なんか、ないよ」 吐息と間違えそうな、小さな声。焦るな。きちんと彼女の言葉を待ってから。言葉にしてくれる事で、俺も彼女もきっと頑張れる。 「私も…一緒に、いたい。今はいろいろと普通じゃなくて…迷惑かけるけど、紅大といるときは安心だから。一緒にいないと、私も、寂しい…。これからの私達の為の、離れる期間なんだね?」 「そうだ。ずっと一緒にいる為の、期間だ」 会話はずっと小さい声。それでもほんの少し、笑って頷いてくれた。それだけで泣けそうに嬉しかった。 「分かった。一緒に…住む。迷惑かけるけど、ごめんね」 「すぐ離れる事にもなるし、荷物は年明けからゆっくり移動させよう。抱き締めても大丈夫?」 「………うん」 驚かせないスピードで、ゆっくり行動に移す。 『ありがとう』をよく言ってくれる人だったのに、今では『ごめんなさい』を聞く事が増えた。 「ひとりでどんどん抱え込みすぎる所」 抱き締め返してくれる事もなく、腕の中でじっと言葉の続きを待っている。 あれこれ受け止めてもらい、打ち明けてくれかけた言葉を遮った立場で言えた事じゃないけれど…伝わりますように。開く事が難しくなってしまった、いつか開くと信じている、彼女の心に。 「鈍感より直して欲しい所。他の人に吐き出したっていいんだ。どんな事でも、その1番の候補は俺であってほしい。覚えておいて。あ。悠一郎さんにも許可はもらってるし、多香子が家に帰ってる期間はそっちに泊まってくれるらしいから、ひとりになる事はないよ。送り迎えもしてくれる。安心して」 「いつの間に…?あ!口の傷、もしかして…!」 さすがは悠一郎さんの存在感。 また彼女がいつもの反応を見せた。
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