もうひとつの境界線の先

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頭を撫でかけ、止まる。ふとした瞬間につい何も言わず触れそうになるけれど、まだまだひと声掛けないと安心できない。 「頭、撫でても…」 聞き切る前に、ゆっくりスローモーションの様に近づいてきた彼女の頭がほんの少し、肩に乗る。小刻みに震えている。 「多香子?」 「『5分だけこのまま。お願い』」 前に自分が言った言葉が返って来た。同じだから、気持ちが分かった。甘えたいんだ。 「5分だけでいいの?」 「『じゃあ………ずぅぅーーーっ、と』」 「頭、撫でるよ」 小さく頷くと、指を受け入れてくれるさらさらの指通り。何も変わっていない感触。落ち着くいい匂いは部屋中を満たしているけど、本人から漂うものには敵わない。 ところでなんでその台詞が出てきた? 酔ってたよな?忘れておいてくれよ? 毎日ではないけれどリハビリも続いた。悠一郎さんのとんでもない一声がエコーのように頭に響いたが、これは『エロい事』には入りませんし声も一言しか出しませんから、と心の中でなぜか弁解した。 ありがたい事に鍵のついた部屋。念のためリハビリする日もしない日も、毎回かけてある。 「汚くない」 本心からの言葉が肌に、心に、染み込むように触れ、寝顔を少しの間見守った。 リハビリしない日は布団に入った彼女と手を握りながらゆっくり話をする。 「無理しないで寝ていいよ」 「『寝ちゃったら、いなくなってるんだよね?ならずっと、起きてる』」 「『また、すぐ会える』。明日だ。明日の夜また会える。だから…今日はもうお休み」 今はまだ、過去よりも現実の方に傾いている事が多い彼女の天秤。合わせつつ過去に触れ…ほんの少し先のあたたかい未来への道しるべをたくさん用意する。 初めて泊まってくれた日のように。 オレンジ色した明かりを灯し、導かれた彼女がカーテンの隙間から顔を覗かせ戻って来てくるのを…今か今かと、待ち続ける。 もうすぐ嫌でも離れない生活が始まる。俺を変えてくれたように過去に迷い込まず、ふたりで未来を目指せる今に帰ってきて欲しい。 「貸して欲しい物があるんだけど…」 「ん?何?」 「良かったら、」 可愛いお願いだった。 喜んで渡すとやっぱり『ごめんね』と眉が寄り、大切そうに抱き締めて眠る姿が…車の中で本を抱えて眠っていた時と重なった。
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