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「俺もやんちゃしてたからな。傷だらけ、なんてことはザラにあった。でも女にあんな事はしない。しようかと考える隙間も無い」
「なかなか…クソ野郎だったんですね」
「クソ野郎か。そんな表現じゃぬるすぎるな」
鼻で笑われた。
「車を運転してるそいつを偶然1度見ただけ。面識はない」
「どうしてそんな人と?」
「『気がついたらハンコ押しちゃってた』だと。本当はふざけたいきさつなんだろうがな、結局教えてくれなかった。そんな相手だったから離婚する時揉めて。俺が出ていったら余計ややこしいだろ。待っているしか、出来なかった」
最後の言葉に、立場が似ていると思った。だから俺がかけて欲しい言葉も、して欲しい事も分かってくれてるんだ。
「書類上の結婚は渋られたな、『また別れるときにめんどくさい』って」
困ったように笑った顔は父親の顔とはかけ離れ、愛する人と出会い…別れた男の顔。
「なんで別れる前提なんだよって説き伏せて、ちゃんと正式に結婚したけどな。『2度目の書類上の結婚は嫌だった』だと思う」
「その話を多香子に教えていないのはなぜですか?ずっと気にしていたみたいでした」
「『娘には話さないで』って言われてる。痣の件を説明する事になるからな。俺は将来の息子候補に言っただけ。お前から茅香に話すのは自由だ」
伝えておいてくれと託されたように聞こえ、そんな大切な話を丸ごと任せてくれた事もまた…光栄だった。
良かったな、ちゃんとふたり愛し合って結婚してたって。元に戻れたご褒美にでも聞かせてあげよう。
「どうして茅香子さんだったんですか?」
「お、質問返しか」
今、おそらく彼の視線の先には、図書館のあの席で本を読んでいる茅香子さんがいる。
返ってきたのは俺に向けての答えではなく、第一印象を本人に教えてあげるような…もう思い出の中でしか会えない愛しい人に捧げた答えだった。
「格好良かった」
そろそろ時間だな、と手をあげて立ち上がった彼の今まで。ゆっくり聞かせてもらいたいものだ。
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