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ある日の話は憧れの指輪の件だ。それは彼女が立ち直るまでに知っておきたい事。
『ふたりの、けっ……!』
結婚指輪。
彼女が置かれていた木田さんとの状況も考えると『ねだってるみたい』にも繋がる。
「結婚指輪していないんですね」
「お?ああ、まあ…一般的な風にはしてないな」
「多香子が持っているのは悠一郎さんの指輪ですよね?」
「…茅香ので、俺のだ」
一般的な風にはしていないふたりの指輪。
彼の薬指しか気にしていなかったけれど、意識をそこから離してみると…小指。
いかにもな男性的な手とはイメージの違う、細いリング。ジャラジャラとつけても似合いそうな彼だけれど、時計も含め他に装飾品の類いはいつもつけていなかった。
「じゃあ小指にしているのは…悠一郎さんので、茅香子さんのですか?」
「…おお。まあ…そうだな」
この話の最中はなんとも歯切れが悪くなる彼だった。
「どうして交換を?」
「それは将来の息子候補にも教えられない」
「なぜ?」
「…木田だってどうしてか、までは知らない。俺と茅香だけが分かる話でいいんだ」
もしかして、照れてたのか。
彼女の憧れがもしも指輪の交換自体でなければそのいきさつ、場所…全て必要だ。できれば驚かせる形で叶えてあげる為には悠一郎さんから聞き出すしかない。無策でしつこく聞いて教えてくれる人ではないだろう。タイミングを待ちながら策を練らなければならない。
「お前モデルやらねぇの?」
話題まで無理に変えられてしまった。
「やりません」
「しょっちゅう会社に出入りするから、うちのモデルだと思われてる。使いたいって話が何件もきてんだよ。将来の息子候補でちょっと通わせてますって言うか?でも候補止まりになるかもしれねぇだろ?あーめんどくせ」
「すみません」
「冗談だ、いくらでも断るさ」
「そこではなく。候補止まりになるつもりはありません」
「分かんねぇだろうが」
「いえ。決まっています」
「お前も茅香馬鹿か」
「悠一郎さんもです」
「俺は茅香子馬鹿なんだ」
踏んでしまえばすさまじい威力の地雷。それを多くは持っていない人のようで、会話に慣れ、冗談も言えるようになれていた。
「もうひとりの多香子馬鹿の話ですが」
「おー、あのクソ馬鹿餓鬼な。気持ち悪ぃだろ」
期限の件からして彼女馬鹿だし確かにちょっと、気持ち悪い。
「悠一郎さんとはどういったいきさつで?」
「チームの頭はってた頃にな。俺のバイクに煙草押し付けようとしてやがったから、拾った」
その頃はまだ可愛いげがあったなと、嬉しそうに笑い始める。
総長のバイクを傷つけて度胸試しでもしたかったのだろうか。考えたくもない。
「結婚の期限を決めてきたのなんてなぁ、茅香が10歳くらいの時だ。父親の気持ち考えてみろ。いつかお前も味わえよ」
「その時は相手を『じぃじ』に叱ってもらっていいですか」
「茅香とそっくりのにしろ。そいつが悠一郎って呼ぶなら考えてやる」
彼女がいない所でも未来の話は尽きなかった。そんな話をしていた俺達も、端から見れば気持ち悪かったかもしれない。
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