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その日は突然やってきた。
お互いの職場。
近所の散歩。
食材の買い物。
繋馬さんの図書館。
ショッピングモールは1度だけ。
約1年の間、主に出掛けた場所はそれぐらい。
心の支えの様に手が繋がり、どこへ行くのも側にいた。どれだけ気を付けていても、息苦しくなったり突然塞ぎこんだり不安定。
それでも側にいられる事は安心でしかなく、苦に感じた事は1回もない。
またもうすぐ迎える自分の誕生日。
『誕生日』の単語の意味は分かっていても、人それぞれ持っているその日の存在は頭の中から消え去っている様子だった。今年もこのまま、変わらない毎日の中に流されていくのだろう。
悠一郎さんにそろそろ年末年始の日程の話をし始めないと、と考えながら仕事をしていた時だった。
図書館の固定電話に、その彼から電話が入った。
『悪い。個人のにかけたんだが繋がらなくてな。急ぎで確認したい』
「多香子に何か?」
よっぽどの事がないと職場にかけてくるなんて事にはならないだろう。もちろん、1年の間で初めての事だった。脳内で鳴り始めたサイレンに、追い詰められていく。
『今日も送ってくれたな?』
「いつもの時間に。いつも通り社内に入っていきました」
嫌な展開に進みそうな気しかしない。冷や汗が出るときのような妙な体の冷えを感じ逸る気持ちのせいで、いつもと変わらない落ち着いた悠一郎さんを乱暴に急かしてしまいそうだった。
『そうか。それが確認したかっただけだ。悪かったな』
「何があったんですか?!」
『茅香が社内にいない。お前がいつも通り届けてくれたんなら、行き先は分かってるから黙って普段通りしてろ。以上』
一方的に切られた事が理解できずしばらく受話器は耳に当てたままで、彼の言葉をくり返す。
社内にいない?未だにひとりで外に出られないのにあり得ない。だからこその職場への電話。悠一郎さんに当てはあるようだし、もちろん信頼のおける彼だ。任せておいて問題ないはずなのに。
どこに、どうして、なぜ。
話した通り、いつも通り別れ際『ごめんね』と呟き社内に入っていくのを確認して1時間も経っていない。
ぐるぐると、それまで蓋をしてきた弱音が飛び出してしまい全身に散らばる。
まさか。『離れた』?
結局不安は終業まで解消しなかった。
スマホに何も連絡が無いことを確認するとそのまますぐ悠一郎さんに連絡を入れる。
「見つかりましたか?!」
『なんだ、会えてないのか』
「どういう事ですか?!」
『落ち着け。茅香なら見つけた。お前の所に行きたいって言うから図書館の前まで送った。そっちにいるはずだ』
「今ひとりでいるという事ですか?!そんな、放置するなんて悠一郎さんらしくないでしょう!」
『色男』
いつもと変わらない、落ち着いた低い声。
浮わつききっていた気持ちが、腰の座った呼び掛けによって無事に地面へと着地させてくれる。
『茅香ならもう大丈夫だ、無責任に放り出したわけじゃない。そこに必ずいる。あいつの事だから変な場所で待ってたりしてな。思い入れのある所とか』
じゃあな、とまた一方的に切られ、衝動的にロッカーに1度憤りをぶつけた。
もう、大丈夫?本当に?
聞き間違いではなくて…彼女が戻ってきた?
いや。信頼する彼の言葉だろうと直接確認するまで、信じられない。
腕時計を1度握りしめる。しっかりしろ。彼女は図書館のどこかにいるらしいから、出来ることは少しでも早く見つけること。導いてくれよ、頼む。
可能性が高い場所は…あそこだろう。
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