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足早に館内の階段を上る。初めて顔を合わせた階段。初めて嫉妬してくれた彼女がものすごい勢いでかけ降りていった、階段。
背の高い本棚をいくつも通りすぎようやく辿り着いた先は、古文の物語や資料が集まったスペース。棚に囲まれるように大きめのテーブルがひとつある。いつも彼女が使っていたテーブル。告白をした場所。
きっかけは紅い紐が気になったこと。あれから本当にいろいろあった。ありすぎるくらいの日々だった。
彼女にやっと会えるのかと、いつも使っていた席が棚の間から視界に入る時は、期待に満ちた。
ところがそこには誰もいない。
有力な候補の裏切りに落胆。
次だ。まだある。
日が落ち薄暗く、ひんやりした風が吹き抜ける中庭。結城と話をし、紅い紐を切り落とした場所。
そこにもいなかった。
口説くと宣言した時の風の匂い。あの時よりも確実に膨らんだ彼女に対する気持ち。
思わず過去の自分に向けて語りかける。
おいそこのクソ野郎。無事に口説き落とせるけどな、とんでもなく幸せな気持ちをもらう代わり自分に心底嫌気がさす事も起こるけど。その手を離すなよ。そんな女性はふたりといない。頑張れ。
中庭からすぐにまわれるバイクの駐輪場へ。
きちんと言葉で、告白の返事をもらった場所。
ああ。あの時みたいに。
抱き締めて、髪を撫でるついでに耳を擽って…キスしたい。しばらくは難しいか。
バイクの上、それまで焦らされた分を補うように味わった唇。それよりもっともっと甘い幸福が待っている。飽きるほど味わいつくせよ。…まだ飽きそうにないからこれからも、味わうよ。
彼女が過去の言葉を口にするように思い出を巡っているようで、愛しさが当時の分まで加わり増しに増して、止まりそうにない。
会いたい。
会いたい。
『片深多香子』という存在を、感じたい。
名前を初めて呼んだ場所か?
あの時と同じく、彼女の後ろ姿を追いかけるように走った。
遠くからでもいないことは知れたけど、念の為当時と同じ場所まで来た。薄暗かった空はもう真っ暗だ。
ここにもいない。
初めて妬いてくれた事を知った場所。
嬉しくて、もう抱き締めてしまいそうになった『手を触る』宣言をしていた日。
至近距離から、熱の籠った瞳で見つめられていたのを必死に気づかないふりをした、歩道脇。
その次の宣言で食んだ耳。
最高の、甘い味見だった。
…なんでそこなんだよと、次に思いついた場所に苦笑。もちろん大切な思い出だけど。今、このタイミングで、そこかよ!
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