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暗い駐車場の定位置に向かう。
興奮で踊り出しそうになる血流を、必死に冷たい風で冷やす。
車と車の、人ひとりやっと通れるほどの間。
当時は日にちを彼女に任せていたから、近づくまで気づけなくて驚かされた。今もある意味、驚いている。
顔を伏せ、しゃがみこんだ姿が…あの日と同じ。今朝緩くひとつに纏めていた髪はなぜかほどけていて、当時より長さのあるそれだけが、過ごしてきた期間を物語っていた。
「紅大!」
近くで止まった足音に上がった顔は、すっきり目覚めた朝のような清々しさ。声も聞き間違えるわけがない。距離を置かれるまでのはっきりとした呼び掛け。
暗闇の中でも分かる程の、ずっと見られなかった笑顔が輝く。
もっと時間がかかると覚悟していた。
「抱き締めてもらおうと思って…待ってた!」
言いたいことは山ほどある。
でもまずは。
「おかえり」
彼女の行動と様子に、情けなくも鼻にかかった声だった。久しぶりに事前の了承もなく抱き締め、抱き締め返されて…泣いてしまいそうだった。
会いたかったよ。ずっと。
自分がその出迎えをしてもらった時と同じように抱き締め、抱えあげ、柔らかい重みを感じる。
出会って、付き合い始め、幸せを貰い、ケンカをし、落ち込んだ、目まぐるしくも愛しい…あの日までの過ごした時間。それと同じだけの時間を使い、自分を取り戻してきた彼女。
本当にお前は、バランス取るのが上手だよ。
抱き上げたまま見上げると目が合って、離せない。
「ずっとぼんやりしててごめんね!誕生日!何回来た?!」
「1回。去年はそれどころじゃなかった。今年はもうすぐ」
「そんな…どうしよう……」
「ん?」
曇りは振り払えたはずの表情が悲しげに変わる。頬を撫でてくれる手つき、ちょっとした言葉、動き、表情が彼女そのもので感動しつつも…後に続く言葉が何なのかと、1度ゆっくり喉が動いた。
「ごちそうの後…去年の分と今年の分のケーキ、2つも食べられないよ!」
「多香子」
「なに?」
「『今もっと他に言う事なかった』か?」
「重要だよ!今年は2回分のお祝いしなくちゃ!」
あまりにも真剣に言うから笑ってしまって力が抜けた。
「話したい事がいろいろある」
「うん!私も!」
「でもまずは…この煙草の匂い、何?」
髪から服から肌から漂うその匂い。
なぜか解けている髪型。
「実はちょっと…軟禁されちゃって!」
なんきん。
…軟禁?
「そのショック療法のおかげで目が覚めたから、木田さんには感謝しないといけないね!お母さんのやり方と同じだったと思う!」
すごい単語が聞こえて戸惑っている内に、本人からほんの少し説明があったものの…どこから突っ込んで聞けばいいのか。とりあえず犯人は木田さんという事だけは分かった。
もう一度ゆっくり抱き締める。
じわりじわり実感がわき、強くなる力は制御できず、受け入れてくれている彼女はきっと苦しい。散々焦らされたのだから許して欲しい。
「あとさ…普通テーブルの所だろ。待つ所」
「配慮です」
「全く配慮になってない。無駄に走った」
襟を引っ張られさらに近づいた顔。
ほんの一瞬、触れた唇。
彼女の閉じていた目がゆっくり開かれながら離れていくのが綺麗で。
もうちょっと、と甘える事も忘れていた。
「勤務中に思い出したら、大変かなって」
家ではもっとさせてくれる?
きっと翳りの何もかもが彼女の中から消えたわけじゃないだろうから、そんな言葉は飲み込んだ。
「『寒いな。震えてる』」
あの時のふたりの周りはイルミネーション。
今は暗い駐車場。
正反対の様な明るさの中過去の言葉を聞いた彼女の、慌てて両耳を手で隠す『今』の反応があの青白い光よりも輝いて見えた。
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