あおはあかになり、紫に背中を押される

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あおはあかになり、紫に背中を押される

早すぎて目で追えない時計の針の進みを、ぼーっと眺めているような感覚だった。 自分の方が進みが遅くなっているのなんて気づかないまま。 後遺症に怯えながら、ぼんやりとした日々をただただ過ごしていた。何も考えたくない。過去に戻りたい。 そんな中、彼の存在は本当に大きかった。仕事以外の時間は私に合わせ、送り迎えはもちろん夜中も目覚める度に優しい声と手触りをくれた。どこへ行くのも、何をするのも一緒だった。 どんなに過去へ逃げようとしても、彼が現実へ導いてくれる。どうして逃げさせてくれないのと、憤る事も正直あった。それでもいつもほんの少し先の未来を話してくれる声に、安心したのも覚えている。 『一緒に住んで欲しい』 そっか。ずっと近くに居られるんだ。そんなご褒美が待ってるんだったら寂しい年末年始も…乗り越えられるかな。 『明日会える』 そっか。じゃあそれまでは頑張ってみよう。 まるでその日暮らしの様な世界。 「もし紅大が…エッチ、したくなったら」 お揃いになったカップで、並んでコーヒーを飲んでくつろぐお決まりの時間。以前より距離の開いている隣からは、驚いただろうに何も言葉はなかった。 無視をされているわけではなく、こちらの様子を伺いながらじっと待ってくれたのだ。 「そういう事する人が私以外にいても…怒らないから」 あれだけの愛情表現をしてくれていたのに、一緒に住み始めても1度だってそういう事はもちろんしていない。キスすらない。 今の自分には、欲を受け止めてあげる余裕が肉体的にも精神的にもない。 でも。改めて伝えながら想像すると、なかなか心臓を抉られる光景だった。 「泣きながら言われてもな」 慌てて頬を拭う。しっとり濡れていた。 「私ずっとこんな状態だし、さっきまた引っ掻いちゃって…汚いし。言った事、本当だよ?でも、他の女の人があんな風に愛されるのかと思ったら…」 心の底からの愛情を与え続けてくれてきたからこその…空想の女性に対する、無駄な嫉妬。これだけ彼を独占しておきながら、浅ましさに嫌気もさす。 「俺の為に一緒に居てって言ったはず」 「…ごめんなさい」 「引っ掻いた所、どこ?」 腕を出すとそっと撫でてくれる。 彼の気持ちを確かめたかったわけじゃない。 髪の毛1本程の不安でも、心の中に落ちているのを見つけるとパニックに陥りやすいからつい口に出してしまう。 「汚くない」 あんな事があって汚くないはずないよ。 よく見なくてもすぐ分かるよね?私にはあの跡もまだ見えるし引っ掻いた傷もここにある。汚いよ。綺麗な手に触れさせてしまっていいのかと、躊躇だってある。 「汚くない」 あの日から何度もくれる呪文。どうして早く魔法にかけてくれないのと、責めるような気持ちも抱いていた。 いつも通り会話が出来るタイミングが訪れたと思ったらこんな暗い話ばかりの、同棲生活。 随分彼を苦しめてしまったと思う。
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