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■※ご注意…するほどでは
ないかもしれませんが※■
軽い軟禁表現があります
「起きましたか?」
扉から、木田さんが顔を出す。
起こしていた体を見られないように布団をかき抱いた。霧のように降りかかってくる煙草の匂い。肌にうつってしまいそうに濃いけれどしょうがない。
「服…」
「匂いが許せなかったので。脱がしただけで何もしていません」
「紅大の所に、帰りたい」
「…名前で呼んでくれたらいいですよ」
無情に大きな音を立てた扉に、明かりも木田さんの姿も消された。
「ま、待って!木田さん!暗い所、まだ…!まだ……っ!!」
慌ててベッドから外開きの扉にすがりつく。鍵はないのに開かない。すぐそこにいるのか。じっと『陽紫』と聞こえるのを待っているの?
「開けて?お願い、せめて、電気を…っ」
スイッチはすがりつく扉の真横。震える体をなんとか起こし、ボタンに触れる…けれどそんな事を彼が許してくれるはずがない。押せど、押し直せど、電気はつかなかった。
「やだ…こわい、やめて!…お願い!」
泣き叫びながらいるはずの木田さんにお願いし続け、苦しみ続ける。
何もない。一緒に暮らし始めて匂いが同じに変わってきた服も、腕時計まで取られている。肌にも…そっとリハビリするだけの百合からは花粉は舞い降りてこない。手首の傷は今はリボンより、暗い部屋、拘束される手が幻覚のように見えてしまう。髪型だって解けていた。
他!他に、安心を、感じられる物!
彼に関わる物ならなんでもいいのに何もない。
危険な煙草の匂いしかしない。
どれくらいそうしていたのか。
扉にすがる気力も無くし震える体を丸め、冷たい床も今では体温でほんのり温い。続く終わらない苦しさに変に、木田さんだけが終わりの見えないぼんやりとした期間から私を解放してくれる人のような錯覚を起こしていた。
「おねがい…木田さん、助けて…こわくて…辛くて…もう、嫌…」
「名前は?」
「名前?そんなの、いいから…早く開けて?開けてください…」
「呼んだらすぐ開けます」
「『全部全部私が悪い。ごめんなさい。もう何にも。考えたくない』」
あの日からその考えが頭の底に沈殿していてかき混ぜても薄まらず、それどころか広範囲に撒き散ってなくならない。
「でしたら、どうぞ」
名前。呼んだら助けてくれるんだ。彼が。
何も考えずに呼べば。呼ぶだけで。
そっか。木田さんにすがったら…楽なんだ。
「お願いします…開けて、ください………陽」
『紫』
発音の為に上下の唇がくっつき、音になる瞬間だった。
『何も疑問に思わず…何も考えず、ただ受け入れるだけだった私は終わりにします』
一瞬過去に戻った意識の中で、気持ちのいい中庭の風が吹いた。
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