惹かれた人の愛し方

1/11

184人が本棚に入れています
本棚に追加
/369ページ

惹かれた人の愛し方

2度目の裏切り。 やはり彼女は茅香子さんではないのだと知る。 綺麗に磨かれたバイクに腹が立った。 中学に入って間もない頃。学生服を着ながら煙草を吸うというのは、その当時の自分にしてみれば随分とスリリングだった。短くなった煙草。周りにバレないタイミングで吸い込み…視線と風から守るように手の内に囲う。 特に大きな理由があって非行に走っていたのではなかった。自分には特別やりたいこともなく、何も見つけられそうにないことに嫌気がさし、現実に、未来に顔を背け続けていただけのこと。 道路脇に停められていたそのバイクは、憧れていた細身の型の物だった。よく手入れされ、磨きあげられた美しすぎるボディ。 ほんの少しでいいから、汚してやりたくなった。その車体を持っている奴への、憎らしさに近い羨ましさに。 煙草を押し付けようとした瞬間だった。 「おい、クソ餓鬼」 緊張していたのだろうか。真後ろの気配に全く気がつかず両脇を抱えあげられあっという間に股がるは、たった今汚しかけた眩しすぎるバイクの後部座席。 いつの間にか手放していた煙草は火がついたまま、地面に取り残されていた。 「乗った事あるか?」 「ない」 続いてハンドル前に颯爽と腰を降ろしてきた男は、それほど逞しい体つきでもないのにどうして自分を抱えあげる事が出来たのか分からなかった。もしかしたら大人になるとみんなそんな事が出来るのだろうかと、子どもらしい気持ちで眺めた彼が…まだ20歳も迎えていない悠一郎さんだった。 そんな頃から、彼はもう彼だった。 「ちょっと付き合え。落ちても止まらない。死ぬ気で堪えろ」 返事も待たず走り出してしまう。初めて乗る少年に対して何の配慮も無いスピードは減速も停止もしない。ヘルメットも交通遵守ももちろん無かった。 「おい!メットねぇのかよ!」 「ちっせぇスリル味わって満足しようとしてた男はやっぱり、中身もちっせぇなぁ」 こっちが必死なのに対して彼の言葉は、大声をあげた感じもないのにどうしてはっきりと聞こえたのか分からなかった。笑われた理由も。 今と同じ明るい色した髪が逆光で輪郭だけ透けて強風に靡き、旗の様なその揺れに導かれたのか、いつの間にか後ろから、横から、同じように乱暴にスピードを出す車体が続々と集まる。後方、遠くまで続く様は整列の欠片もないのに綺麗だった。 前の道には誰もいない。居ても向こうから避けてくれる。彼にはその道がどんな風に見えていたのだろう。 すぐに明るい旗を尊敬し、憧れる事になる…カーブなんか本当に死ぬかと思った突然のタンデムだった。
/369ページ

最初のコメントを投稿しよう!

184人が本棚に入れています
本棚に追加