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「こんな餓鬼が悠さんのバイクに乗るなんて」
ようやく停まったのは広すぎる空き地。
先頭を走っていたから、チームのトップがこの人だろうとは思っていた。しかしなかなか、崇拝に近い扱いをされている彼だった。
後ろに続いていたバイクが囲むように円になる。余裕で100人以上はいる明らかにグレている奴らとほぼ同じ数だけあるそれ。円はかなり広く、騒がしすぎるボリュームのエンジン音と眩しすぎるライトが、中心にいる自分達を閉じ込める。車体もやんちゃな物ばかりで、さっきまで乗っていた彼の一般的なバイクと比べると感じる格好良さは雲泥の差だった。
バイクから降ろしてもらった俺と悠一郎さんに近づいてきたのは、すぐ後ろを走っていた男を先頭に…眩しくてはっきりしないが中坊の自分に対して容赦のない人数。
え、もしかして今から暴行されんの?
つい先ほど自分も感じた、憎らしさに近い羨ましさを含んだ大量の視線は悠一郎さんにではなく、こちらに向けられていた。
「前から言ってんだろ。いくらでも誰でも乗せてやるから、乗りたい奴は名乗り出ろ」
そりゃ皆乗りたいんだろ。少し側にいただけでも分かる、向けられる視線の熱量。定員1名の席に誰から、どんな順番ならいいのかと、全員が目配せ合い決まらない。
つまんねぇ、と呟いた、これだけの群れを先導する彼は美しく孤高だった。一匹狼のように見えるのに、その姿に周りは乱れる所か纏まりをみせる。なんとなくグレていただけの自分が、集団の中ブレない男の圧倒的な格好良さに憧れ、尊敬するのに時間はかからなかった。
この人になりたい。近づきたい。
「俺、乗りたい」
煙草では得られなかった爽快感が既にクセになっていた。勇気を出して、バイクに軽く腰かけた悠一郎さんに挙手して伝えると爆笑されてしまう。
「木田陽紫だ!お前が言ったんだからな!また乗せろよ!」
子どもっぽかっただろうか。さっきと同じくらいの大声で名乗ると周りはざわついていたけど、そんなガヤは関係なかった。彼も気にしていなかった。
「ちっせぇなりに度胸はあったか。いいぜ、但し」
何回乗ろうがメットは出てこない、と楽しそうだった。それから1年もしない内に悠一郎さんが引退するまで、後ろの席は俺のものだった。
「どうやって先頭まで辿り着いたんだ?」
まだ生意気な話し掛け方を続けていた頃、凄まじい風を感じながら聞いた事がある。
「気がついたらこうだった」
実際の背中の広さを分からなくさせる程、空気を纏って膨らむ上着。
もしかしたら勝手に送られる周りからの期待の空気というやつに、彼は前へ前へと推し進められただけなのかもしれない。
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