それぞれの燃え方

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額がテーブルですりおろされていく。 天板に薄く血が伸びても、木田さんの頭を鷲掴み擦り続ける凶暴な瞳の父親を正面に、しばらく何の言葉も出なかった。 いつも通り会社に迎えに来てくれた紅大と社長室に入ると、既にすりおろし作業は始まっていた。揃って向かいに座れば収まるかと思ったが、終わる気配がない。 「ほんとこのクソ餓鬼がとんでもねぇことしやがって悪かったな。この通り、反省してんだ」 昨晩のように穏やかに会話をする父と、暴力に対して一切抵抗なく受け入れている木田さん。だらんと垂れた腕が普段通りではなく、失っていた言葉を取り戻す。 「もういいから!やめてあげて!」 無理矢理に顔を上げさせられた彼の額は、皮膚が捲れ赤く湿り、目を背けたくなる。 「茅香が優しくて良かった、なっ」 テーブルに叩きつけられた顔はそのまま上がってこない。 文句のひとつでも言いながらすぐに姿勢を正しそうなものを、ぴくりとも動かない様子から、打ち所が悪かったのではと様子を伺う。…やはり、動かない。 「あれから腑抜けてやがる。色男、お前はどうする。殴っとくか?」 「いいんですか」 「え、やるの?!」 下着姿だった事を知ったときは声を荒げていたし、本当にやりかねない。どう止めれば、と悩む間に立ち上がった体は…深い礼で直角に曲がった。 「多香子が立ち直れたのはあなたのおかげでもあります。ありがとうございました」 「…正気ですか?」 突っ伏したままだった痛々しい顔が前を向き、礼を軽蔑するように歪んだ。 紅大は真剣も真剣、本気だ。私が木田さんの行動をそう捉えている事を受け入れてくれなくても…尊重してくれようとはする。 「詫び、という事で教えてください。何もしてませんよね?」 「それはもちろん」 「分かりました。ならもう、」 「教えません」 「やっぱり殴ろうかな」 「何もされてません!木田さんの冗談だから!」 ね?!と酷い顔に念を押したが返事がない。期限を理由に脅しともとれる会話をした時とは全く違う視線が絡んだ。 「俺、」 喉がなる。 力のこもった目頭に動きを封じられて、視線を離せない。 小さい頃。そして、成長してからはふたりの時だけ使っていたその一人称。父も紅大もいる場で出てくるとは思わなかった。 「多香子さんが好きです」 隣の体が、立ち上がる前より随分近くに座り直してきた。強く吸い込まれた息に危険を感じ、慌てて返事。 「お母さんじゃなくて?」 「あなたです」 「ごめんなさい」 「分かっています。俺も…ごめん」 期限の事。軟禁の事。 ひとつの理由ではない謝罪に、これ以上責める気は沸いてこない。 「悠一郎さんと家族になりたかったんです」 「男とどうこうする趣味はねぇ」 「俺にもないですよ」 「…もう家族だろうが」 腑抜けと表現されたように、確かに覇気をごっそり抜かれていたような木田さんに、父がエネルギーを吹き込んだ。
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