ふたりの愛し合い方

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視線がぶつかる音さえ聞こえそうな、休館日の図書館。 普段から音の方が遠慮してしまう館内を、ふたりじめさせてもらっている。 車内で『職権濫用』と悪い顔で鍵を見せつけて来た時は、どうしてわざわざ休みの日に職場へ行こうとしているのか理解できなかった。 「また翻訳の勉強始めようかな」 「勉強したい?ちょうどいいのがあるけど」 「したい!ずっと使ってたテーブルにも、久しぶりに行きたい!」 しばらく座っていない、翻訳に奮闘していたそこ。変わらずあるはずの存在を確かめたくなった。 思い出に向かって、階段を2段登った所で後ろから名前を呼ぶ声に『何してるの早く』と急かそうと振り向いた先には、同じ高さになった真剣な視線があった。 さらに沈黙する館内。 気持ちの上ずりは一生、忘れない。 そこは『挨拶』と言って正しいのか分からないほどの様子だった、初対面を果たした階段。 「俺にはこの外見と、あとは髪型を作ってあげられる特技ぐらいしかない。生まれだってめんどくさい家だし、過去だって…悠一郎さんみたいに生涯1人だけだって、言ってあげる事も出来ない」 「…そんなあなたが、いいんだよ」 「だからこれからの人生は…多香子とだけ」 憧れがひとつ、叶う。 「楽しい事ももちろん、辛い事も、悲しい事も全部欲しいです。多香子の良い所も悪い所も誰にも譲りません。全部貰います。あなたがまるごと欲しいです」 一瞬もそれない視線。 息の仕方を、また忘れてしまいそう。 「ふたりでいることの幸せも寂しさも、何もかも教えてくれてありがとう」 「こちらこそ」 「俺と結婚してください」 「…はいっ!」 ふたりでいられる事の大切さを、彼に教えているつもりだったのに、いつの間にかこっちまで教わっていた。 何もかも教えてくれたのは、変えてくれたのは、あなたの方。 「全部を貰う気持ちは本当だけど、現実的には難しいかもしれない。だから」 左手を掬い取られる。 紅がほんのり一筋走る輪が、もうずっと着けていた物かのようにぴたりと薬指に収まった。 心臓に繋がる血管を持つ唯一の指。 心に直結する神聖な場所。 「多香子の全部を作る心臓の一部をください」 するり、すぐに外されたその輪は彼の…左小指へ。 「俺の一部も、あなたに預けます」 彼の薬指には、いつの間にか既に同じ指輪。ゆっくり外すと私の…左親指へ。 ぴったり収まったそこへキスをくれた。 「あげたいものは、まだ婚約指輪だけど…憧れを叶えてあげること。驚かせたくて勝手に選んでごめん」 何も無くなった、一瞬だけ輪が入った指を撫でられる。 「俺はここにもはめておいて欲しいんだけど」 謝る必要なんてない。こんなに嬉しい勝手なら許してしまうに決まっている。いつもふたつ着けるよと、返事をしたいのに言葉が出ない。 「多香子?」 「お父さん、教えたの?」 「聞き出した」 「どうやって?」 「酒の力を少々」 「そんな事までして…」 「茅香子さんから言い出したんだってな。アレンジさせてもらったけど大丈夫?」 呼吸を思い出す為に、大好きな匂いに触れる。 お礼を胸に囁いたけれど、途切れ途切れでちゃんと伝わっただろうか。 「これから大変な事が沢山あると思う」 「紅大と一緒なら、何だって平気だよ…」 残りの後遺症だって、何だって。 まだまだ、甘い余韻の残る言葉を聞かせて貰おうと更に匂いに擦り寄った。 「言ったな?」 ところが。返ってきたのは悪巧みが成功したような言葉だった。
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