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葵とは、式の1ヶ月前に再会できていた。
突然でなければ背の高い男性とすれ違ったり、近づかれる事も平気になった後遺症。『葵と、会社に久々に挨拶に行く』と颯が言うから、是非会いたいと口説いてもらった。
もちろん、最初は突っぱねられたそうだ。
あの飄々のこと、手を変え品を変え話題の切り出し方を変え、強情な弟を動かしてくれたのだと思う。
颯とも再会を果たした会議室。
仕事終わりに迎えに来てくれた紅大を招くと、やけに離れ壁に凭れた。
早いリズムの指が、組んだ腕を叩く音を聞きながらふたりを待つ。
「本当に会うのか?」
嫉妬などではない理由に目線も下がるけれど、こんな待ち構えている場で答えは変わらない。
「絶対に会う。何もしないでね、お願い」
細くなった目がそらされてため息がこぼれた頃、扉が開いた。
「やあやあ、お待たせ!」
軽すぎる足取りは迷い無く進み、親友の横で止まる。あとは当人同士に任せてくれるんだろう。
横の不機嫌の塊が何かしようとすれば止める為でもきっとある。
開いたままの扉から、兄とは対照的な歩みで長身が入室した。
少し頬がこけた。
前から細身だった体格からさらに必要な筋肉までそげ落ちたような。
目が合っても動悸も何もしなかった。
恐怖もない。
ただただ、ほっとした。
「葵」
「ごめん」
「葵。私…」
「ごめっ…ごめんっ…ごめん……っ!」
「…大丈夫だよ!」
くしゃりと顔中が情けなく真ん中に寄った。
彼からは近づいてこない。来れない、か。
毛先だけ金髪だった。今まで会えなかった時間分、伸びた根本。後ろから小さく制止の声がしたけど、無視して近づいた。
雨が降り続ける床。その前で止まる。
「時間はかかったけど、大丈夫だから。紅大がいてくれたから」
「多香ちゃんっ!多香ちゃ…!ごめっ!ごめんね!ごめんなさい!ごめんなさい!」
力強く抱き締められて、一瞬体が跳ねる。
後ろは無言だけど無音ではなく、騒がしいのは気づかないフリ。今止めてしまったら、葵とは2度と話ができない。そんな気がする。
「ごめん。許すとは言ってあげられない。でも好きって言ってくれたのに返事ができないままでごめんね?」
「それは僕が!僕が」
「葵の気持ち、嬉しいよ。好きになってくれてありがとう。他の女の人に、絶対に…絶対に同じような事はしないで」
紅大を傷つけたくてした、という方が理由としては強かったかもしれない。でもそこには触れないでおく。
「約束する。ちゃんと調節出来るシーソーになれるように、颯を見習う」
「適度にね?」
「撮影はもう少し休業するんだけど…いつかまた、一緒に仕事できる日が来るように頑張るから。だから」
涙も鼻水も拭いきれていないぐちゃぐちゃな顔。しっかり目線を合わせて、言ってくれた。
「ずっと多香ちゃんの事が、大好きだった」
「うん。ありがとう」
「これからも、会えた時は話してくれる?」
「もちろん!」
兄弟が帰る間際。
耳に入ってきた会話に、私が何か言うのは違う場面だと、また気づかないフリ。
「俺は絶対に許さない」
「あんただけはそう思っててよ。颯も多香ちゃんも優しすぎて、やったこと忘れちゃいけないから」
白くなるまで握られた拳。
「優しいふたりがいて、嫌ってくれる人もいて…やっと僕は前に進める」
葵に必要だったのは、私との話じゃなかったみたい。
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