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「もう期限の件はいいと言っているのにここまでしますか、小さいですね」
「あなたはまた変な事言い出す匂いがしすぎてます。区切りですよ」
「多香子、綺麗です。拐っていいですか」
「ありがとう!駄目だよ!」
続いて入ってきた陽紫はストライプのスーツだった。いかにも、という具合にきっちり着こなしている。
『多香子さん』
居心地悪かったその呼び名も、なくなってしまえばなんだか寂しい。そしてそれがやっぱり気に入らない困った人もいる。
ドレスを360度確認をした後屈んだ、と思ったらスマートに抱え上げられていた。濃くなる煙草の匂い。露出している肌をじっと観察される。
「陽紫?!」
「傷。消えましたね」
「え?あ、うん、紅大のおかげ」
「見ないでください。降ろしてください」
彼は分かってやっている。こうすれば、そう言えば、からかいがいのある人が拗ねていくと。
下着姿の件は未だにチクチクと言われるから正直困っている。
そんな時は耳元で、あなたしか見ないパジャマ…間違えた、下着があるでしょ?と、魔法の言葉。
翻弄されっぱなしと思っていたけれど、操作しやすい所もある彼だった。しかもからかうと面白いから、最近は家でもよく楽しんでいる。
…やりすぎるとすさまじい反撃が待っているから、引き際は見極め途中だ。
「どうしても聞けって言われてるから教えて?」
「まだですか。小さい男です」
「…何もしてないよね?」
「教えません」
ニヤリ、笑顔はステンドグラスから差し込む光で輝いて目を奪われる。
いい加減しつこい確認だ。今日ならハッキリ教えてくれるかもしれないと、念を押してきた新郎を睨む。
ほらね。そう答えられるって、言ったのに。
「茅香子さんも喜んでいるでしょうね」
「うん」
体のどの部分にも、何の負担もかからない降ろされ方で着地したその席の前。
指輪と共に座るウサギが揺れた気がした。
「そろそろ始めっぞ」
コンコン、と壁を叩いたのは、入り口に普段と変わらない様子で立つ父。母が亡くなって以来のこの場所に、繋馬さんと再会したときは深すぎる程頭が下がっていた。
似合ってはいなかったけど、笑っちゃいけないんだよね、お母さん。
式と呼んでいいのか分からないほど、進行予定も何もない。それでも私達にとっては大切な日になった。
祭壇にはこちらもいつもと変わらない優しい瞳の繋馬さん。
着席する陽紫と颯とウサギ。
特別な入場シーンじゃない。BGMはふたり分の足音。教会に遊びに来た雰囲気で、入り口から父と腕を組みまっすぐ進む。
その道には花も何もなく、飾り気もない。
繋馬さんは少しでもあった方がと、心配してくれたけれどいつも通りが良いと断った。簡単に掃除だけしておくね、と笑ってくれた。
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