184人が本棚に入れています
本棚に追加
/369ページ
父とは普段から距離が近い分、恥ずかしさも照れも何もない。
手には小さな、百合のブーケ。
「茅香子と式してるみてぇ」
「名前で呼ぼうか?」
「拐うぞ」
「みんな拐いたがる!」
「うっせぇ」
長くはないバージンロードの半ば、父にも抱え上げられた。乱暴なくせにまったく落ちる想像をさせてくれない腕。悔しくて首には抱きついてやらない。
スマホの向こうに見える癖毛に手を振る。
レンズの向こうの、金髪にも。
「なんで全員に抱えられるんだよ…」
「彼女が綺麗なのが悪ーい!」
「颯はさすが、よく分かってますね」
祭壇の手前から聞こえた呆れた声に、次々続く。自由な式は、会話も自由だ。
「色男」
ひとり立って待っていた新郎と向かい合う、新婦を抱えた父。
「こいつは茅香子が俺の為に産んだ子だ」
そんなの初めて聞いた。
もう増える事はない、ふたりの時間の尊さ。大切なその中に確かにある自分の存在を一言で知らしめられ、つんとする鼻をすする。
「頼むな」
「もちろんです」
「ほら、よっ!」
「ちょっと!」
「言葉と行動が合ってませんけど…」
布団を投げるように娘を紅大に渡し、ウサギの隣に腰かけた。
この腕の中がやっぱり1番落ち着く。見上げた百合もなんだかんだ言いながら、差し込む祝福の光に見合う表情。
低い階段を2段登り、祭壇の正面に降りた。
待ってくれていた繋馬さんと、微笑み合う。
「約束通り、ふたりでここに来てくれてありがとう」
「はい!」
「幸せに。いつでも来てね」
「はい!」
「紅大くん」
「はい」
「彼女と出会えて良かったね」
「はい」
「茅香子さんの分まで、大切にね」
「はい」
「こんな所でいいかな?」
神父の繋馬さんまで自由な、でも彼からしかもらえない言葉。最後の返事は声が揃った。
「指輪どうする?」
「じゃあ今日は返してもらおう、心臓」
視界の角。ウサギの横の指輪、さらにその横の小指の指輪もきらりと光る。
持ち主は項垂れていた。
ふたりの指輪が薬指にはまるとすぐ、おでこに唇が触れた。
「唇には、ふたりきりの時に」
拍手と冷やかしと呆れた声の中、私だけ見つめて囁いてくれた彼に、とびきりの笑顔で抱きついた。
最初のコメントを投稿しよう!