奪い愛、奪われ愛

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「見た目に似合わない」 やっぱり。 なぜか手練れとして扱われる事がほとんどで、そう言って笑われるだろうから『セックスは結婚相手だけ』なんて夢見がちなセリフは周りに言えた試しがない。わざわざ否定もしない。 「でも」 茅香はその時から、笑わないでいてくれた。 「だからこそきっと本気なのね」 ページをめくる音。読んでいるらしい本から視線は外れない。なのに内面はこっちを向いてくれている不思議な感覚を持ちながら、後頭部に話しかける。 「誰にも話したことねぇんだ」 「私には話して良かったの?」 「なんでだろうな」 吐き出してしまいたかったのかもしれない。 恋愛に限らずどんな事でも、気がつけば引き連れる立ち位置にいることを期待される。 目立たないようにしていても囃し立てられ持ち上げられ、グレたチームでもいつの間にかてっぺん。 やりきれない思いはあるのに、人恋しいような寂しさを、その押し上げられる視線によって満たそうとしている自分もいた。 承認欲求。この、一匹狼だの孤高だのなんだの表現されるのがぴたりと当てはまる外見の自分にそんな気持ちがあるなんて。 一体どこに吐き出せば良かったのか。 「似合わない事をするくらいが…あなたは自分の為にちょうどいいのかも」 ふわり。 唐突に本の匂いが鼻をついた。 誰も開いた事のないハードカバーの、開き目の癖がついていない紙の匂い。 教会内は整理中だという本が大量に、無造作に重ねられている。紙の匂いなんかずっとしていたはずなのに。 「似合わない事ってどんな」 「好きな女の子の為に奮闘する、とか」 「なんだそれ」 「黙ってても相手から寄ってくるタイプでしょう」 「…おお」 「自分から似合う方に流れてる時あるでしょう」 「…おお」 判断に悩むような事があれば、基準は『見た目の自分ならどうするのが自然か』だった。 「似合う事に苦しんでいるのなら、沢山似合わない事をしていけばいいんじゃない?」 「それが出来てたら苦労しねぇ」 「確かに」 視線を寄越したのは『童貞なの』とほざいてきた1度だけ。何でもお見通しのように話す彼女にまた会いに来ようと…いや、昼寝だ、昼寝の為にここに来ようとその時決意した。 「もし結婚してから、相手の事が好きじゃなくなったらどうするの?」 初めて会った日は、痣だってあんなにあるなんて知らなかった。どうしてひとりでいるのかも。 「結婚してんのに好きじゃなくなる事あんのか?」 ちらり見えた、伏し目がちの横顔はとても綺麗だった。
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